ドライヤーは彼の担当 (兎村着彩)
子どもの頃「大人になっても少女漫画って読むのかなぁ?」と小さな疑問を持っていました。漫画の前に「少女」という言葉がついているので、少女でなくなったら、もう読めなくなると勘違いしていたようです。
37歳になった今、どうしているかと聞かれれば、少女はとっくの昔に卒業していますが、少女漫画を読んでいます。もしかすると学生時代より読む冊数は増えているかもしれません。お小遣いが増えたので、単純に手に入る漫画の数が増えただけとも言えますが。
読み続けて気づいたのは、思っていたよりも「少女」や「大人」には差がないということ。年を重ねていくというのは、若さを失うのではなく、新しい感覚や知識をどんどん増やし、自分を拡張していくような感覚で、若い私も今の私も身体の中で共存しているということでした。
■少女漫画を読んでいるとき、37歳の私と思春期の私が入れ替わる
不思議と、少女漫画を読んでいるときは中学生や高校生の頃の感覚に戻ります。あの頃、夢中になって恋愛漫画を読んでいました。まだ恋なんてしたことがなく、愛がなにものなのかさっぱりわかりません。「どうやらそういうものがあるらしい」というぼんやりした噂のようなもの。どこかにいるであろう運命の人に、いつか会えるはずと信じていました。
妄想だけで爆発しそうになっていた思春期。あの記憶が私の中にちゃんとあること、あの記憶を素直に持てたことは、くすぐったくもあり、宝物でもあります。思春期の制服を着た私は、今でも私の中に住んでいて、普段はおとなしく昼寝でもしていますが、読書の時間にこちらが望めばタイムマシーンに乗って今の私の目の前にやって来て、37歳の私と入れ替わってくれます。
■言葉にするのが難しい、「きゅん」の感覚が好き
若いうちは漫画もゲームもメールもいっぱいした方がいいなと思っています。若いときのトキメキや好奇心は、そのときにしか育ちにくい感覚をしっかり育てています。目には見えないし数値化もされませんが、ちゃんと身体や心の中にあり、それは遠い未来で振り返るとき、「そっか、これだったんだ」と人生をかけた答え合わせができます。答えに出会えるということは本当に楽しいことです。
その中でもとくに好きな感覚が「きゅん」です。「きゅん」だけは言葉にするのは難しく、たとえば好きな人を想っていると、心の少し斜め下あたりが小さく縮んで苦しくなるような感じでしょうか。
大人になると「きゅん」の回数や時間が減ってきました。それは良い・悪いで語ることでもないのですが、きっと思春期の頃より感情の種類が増えたぶん、きゅんの出番が少し減ったということなのでしょう。なので、たまに「きゅん」の感覚を意識的に味わうようにしています。「きゅん」に会う私なりのツボは少女漫画であったり、若い作家さんが描く絵や小説だったりします。時代は変わっても「きゅん」は永遠。
■奥田けいさんの塗り絵本は、「きゅん共感」が止まらない
そんな「きゅん愛好家」の私が出会ったのが、イラストレーターの奥田けいさんの著書『恋する、ぬり絵。』でした。女の子のきゅんポイントを濃縮していて、イラストはどの絵も心を掴(つか)まれます。Instagramで6万人近いフォロワーを持っているのを拝見すると、いかに彼女の絵が人の心に伝わっているかがわかります。
参照:https://www.instagram.com/kei__okuda/
登場する女の子たちは決して特別な存在ではなく、身近にいる「あの子」のよう。記憶の片隅にある誰かの生活や物語を思い出させます。恋人たちシリーズの絵はとくに秀逸で「あぁわかる。この感じ」という「きゅん共感」の嵐です。
奥田けいさんの絵を自分が好きなように着色できるのが、この本です。本の冒頭には着彩見本が掲載されているので、使う色に迷ったらマネをして塗っても楽しいと思います。自由に塗ることができるので、SNS上をハッシュタグで辿っていき、他の人の作品を見て塗り方を考えてみるのも面白いです。こっそり本棚に隠しておいて、自分だけの内緒の楽しみにするという使い方もありです。
■今の時代だからできる、ぬり絵の楽しみ方
SNS時代になって、作品を「みんなのもの」にするという遊びが可能になりました。この『恋する、ぬり絵。』もまさにその楽しさが詰まっています。
絵を見て楽しむだけではなく、「塗る」という行動で奥田けいさんの絵の世界に参加できる。完成したらSNSでシェアすることで、他の人ときゅんする気持ちを共感し合える。とても今っぽくて、素敵なことだなと思いました。
せっかくなので私もいくつか着彩してみました。無心になって色を塗るという行為は脳にも心にも心地がよく、ほどよい集中力が必要で、なんとも言えない楽しい時間を過ごせました。
お風呂中も気になる返事 (兎村着彩)
■あの頃の自分へ会いにいける、タイムマシーン的な1冊
ぬり絵用なので、モノクロの線のみです。チークやメイクカラーを入れても楽しめたり、ほんのり関節にピンクを入れて血色を良くし、恋する気持ちをプラスしたりと、楽しみ方はかなり幅が広いなぁと感じました。
普段は少女漫画を読んで、思春期ごっこをしていますが、ぬり絵をしながらきゅんを楽しむというのは新しい気がします。塗りながら、妄想しながら、あの人のことを思い出しながら。時には無心になって自分の中のトキメキを楽しんでもいいのかもしれません。実はそんな時間こそ大人の余裕でもあり、この時間が楽しいと感じることこそ、今が充実した大人という人生なのかなとも思いました。
いつかの、あの日の自分に会いに行ける──。家の中でこっそり思春期へ戻れるタイムマシーンがここにありました。
レビュアー
AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。