消費が冷え込んでいるという。不思議ではありません、将来が不安ですから……。その一方で自民党で年金支給開始を75歳からという政策が練られているという。(片山さつき氏、小泉進次郎氏らの名前が上がっています)
日本老年学会と日本老年医学会の、一般的に65歳以上とされる高齢者の定義を「75歳以上」に引き上げる提言に基づいているのでしょうが、この発言と支給開始年齢を引き上げることとはなんの関係もありません。
65歳になっても働けるということと65歳になっても働かざるをえないというのは、まったく別物です。もちろん一億総活躍だの働き方改革などというものに結びつけるのは論外です。
年金問題は一例です。将来の不安が解消されなければ消費にむかうわけがありません。社会保障のための原資としての増税という声もありますが、現在の政府の支出を考えてもとてもそのまま信用できるわけがありません。バラマキや恣意的な支出、天下り先への支出などを考えると、増税してもとても社会保障に回されるとは思えず、安心できる将来を考えることなどできません。
井形さんがこの本で記したように「平均所得を下回る人は61.2%に拡大」し、「長生きリスク」がいわれている日本人にとってイギリスの老後はどう見えるのでしょうか。
──イギリスで、リタイアして庭仕事に明け暮れる同世代のイギリス人の元エンジニアに「老後が心配ではないですか」と尋ねてみました。300万円ほどの貯金しかない彼は、今が楽しいのだからこの先も問題ないと自身たっぷり。
「どうしてかって、それはイギリス人は今日を生き、日本人はリタイア後を思いあぐねるからだ」と。──
日本人が「思いあぐねる」のは制度が機能せず、安心できないからです。その制度に振り回されて、自己防衛(?)しなければならない私たちにですが、この本で取り上げられたイギリス人のリタイア後の生活はいろいろなことを考えさせてくれます。
──自立して生きるイギリス人は人生は長く生きることより質──クオリティ・オブ・ライフだといいます。急場をしのぐための貯金と、暮らしのスケール。贅沢はできないけれど、幸せが感じられる毎日。それはどのようなものか。──
確かに大事なのはライフの中身です。では彼らの考えている「質」はどのようなものなのでしょうか。
まず大前提として心にとめなければならないのは「物事を悲観的に捉えず、いまあるものの中から常に最良の道を選択する合理的な考え」を持ち続けることです。
・どう生きたいのか、まずは自分1人で完結できる設計図を作る:これは自分で自分の人生を引き受けるということです。家族に依存する前に1人で生きることを考えることです。
・心に柔軟性を持つ:これは若さを保つことに繋がります。
・心配事は専門化の助けを借りる:思い煩うことをなくす。
・今日できることは明日にのばさない:行動力が生活に心地よい緊張感をもたらします。
・老後を助けあう友人を持つ:友人は家族であり、ヘルパーであり気兼ねなく話せるライフライン。
・生活保護も権利意識の強いイギリスでは大事な選択肢の1つ。
これらのアドバイスは井形さんが多くのイギリス人たちに取材する中で見出したものです。多くの写真も添えてある取材、というより訪問記からはイギリス人の確たる生き方が充分に感じとれます。
「自分の判断を信じ、思い描く人生を選択し続けるには、一人ひとりがあてがいぶちでない普遍的な暮らし、経済、人間関係の規範を見つけることよりほかない」ということなのでしょう。
──そういう視点から、住まい、介護、人づきあい、お金を見直してみれば、私たちを縛っている、「多額な預金がなければ老後は破綻する」という方程式がすべてではないと思えてきます。──
もちろん、これは個人の心がまえだけでできることではありません。私たちの生活を保障できる制度も絶対必要です。
ではイギリスの制度はどうなっているのでしょうか。社会保障が充実しているといわれているイギリスで老人たちはどのように生きているのでしょう。
──生活の苦しいイギリス人の大半は、老後になるとためらいもなく自分から生活保護を申請します。家や車を持っていても問題なく、市民税などの税金支払いも免除されます。家族がいなくて、全部自分の持ち金を使ってしまった人でも生活保護を受け、いよいよとなれば無料で老人ホームに入ることもできるのです。──
ここにはまだまだイギリスの制度の足元にも及ばない日本を思い知らされます。「クオリティ・オブ・ライフ」に必要なのは、質の内実に思いいたる私たち自身と、それを叶える社会制度です。たとえば、同じ自己責任とはいっても、それは当事者自らがいうイギリスに比べて、日本では強者(富裕層、権力者たち)の責任逃れのようになっています。まずはそこからただすべきではないでしょうか。
ところでこの本にトレイシー・ハイドが登場しています。映画ファンでしたら、『小さな恋のメロディ』のメロディ役だった彼女を思い出すでしょう。また音楽ファンはThe Bee Geesが歌ったバラードの主題「Melody Fair」やCrosby Stills Nash & Youngが歌った劇中歌「Teach Your Children」を思い浮かべる人もいると思います。彼女はこの映画以後は作品に恵まれず、映画界からは引退していました。その彼女が笑顔とともに登場しています。彼女がどのように考え生きてきたのか、ファンのかたでなくとも耳を傾ける価値があると思います。ぜひ読んで確かめてください。強さとはなにかを教えてくれているように感じました。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
note
https://note.mu/nonakayukihiro