著者のドイツ人のダンナさんが好きな日本の味はなんと!
──「あ、あれが食べたいなー! 『すき家』の高菜明太マヨ牛丼!」(略)とにかく夫はその「高菜明太マヨ牛丼」が大好き。ほうっておくと、週に何度も『すき家』に通い、「今日もアレ食べちゃった」というのを報告をしてくるのだ。──
この牛丼、なかなか豪の者(!?)で1281キロカロリー(メガサイズ)もあるという。高菜も明太子もマヨネーズもなかなかハッキリ自己主張する食材で、それゆえ牛丼の味を引き立てるというより全軍が第一線で活躍する食べ物のように思われてなりません。
食べ物にはその国の文化・風土があらわれているといいますが、高菜明太マヨ牛丼にどのような日本の文化が含まれているのかは……ちゃんと(?)考えてみたほうがいいかもしれません。日本文化の結晶として、どんな日本がそこに染みこんでいるのでしょうか……なんて(現代日本のネガ?)。
ある日、著者のご主人が「デンジャラスフード」を願ったそうです。この「デンジャラスフード」とはお餅のことです。ダンナのお気に入りにの映画、『タンポポ』(伊丹十三監督)にご老人がのどに詰まらせて亡くなるシーンがありますが、それがもとになっているのでしょう。
さて、著者は張り切ってご要望の「デンジャラスフード」に「いそべときなこ」で味付けして出しました。さぞや喜ぶダンナの顔が……と思いきや、ダンナから返ってきた言葉はなんと「ノーテイスト」!。
確かに「高菜明太マヨ牛丼」に魅せられていれば、「いそべときなこ」の味付けでは、味無しと感じてしまうかもしれません。
では、彼の舌をそのように作ったドイツ人の食卓はどんなのかというと。
なんと基本は「ハムとチーズとパンの無限ループ」。味覚ではないかもしれませんが(食感?)ダンナは、パスタの「ゆで置き」をするとか。といってもアルデンテを知らないわけではなく、柔らかめが好みなんだそうです。もっともダンナだけでなく、ドイツのレストランのパスタもかなり柔らかめだそうです。であるなら柔らかいパスタというものはドイツ文化が反映したものというべきなのでしょうか。
食習慣の違いというのは頭でわかっていても、実際直面するとそのギャップに愕然とすることが多いです。
──夫には、塩辛や小魚が「虫」に、海苔の佃煮は「ベリーのジャム」に、とろろ昆布に至っては「ご飯にカビが生えている」ように見えて、どうにも積極的には食べる気になれないという。失礼な話だ。──
「なんだか正体がわからないのが嫌だ」というのが言い分だとか。
もっとも「正体」がわかっていてもダメなものはダメ。「活(いき)作り」は「かわいそう」でダメ。ならばと著者はいたずら心(?)を出してネットで『シロウオの躍り食い』を見せたところ……大絶叫……。絵が浮かんでくるようです。この「躍り食い」は、日本人でも苦手な人は多いです。少し想像したくなります、スッポンの生き血や心臓なんかも見た日には……なんて。
さて基本は「ハムとチーズとパンの無限ループ」のドイツ食ですが、チーズ並みに奥深いのがパン。1500種類ものパンがあります。しかも重量級のものが多い。
──主なドイツパンはぎっしりずっしり、しっかりとかみしめる必要があるため、薄くスライスしたものをハムやチーズとともに2~3枚も食べればすっかりお腹が膨れるが、日本の優しいパンではそうはいかない。──
この歯ごたえは天下無双のようで、パン屋さんでカットをし忘れると「日曜大工のような音」を立てながらパンと格闘しなければなりません。
ドイツ人のこだわりが発揮されているのがハムと並ぶ「ソーセージ」の世界です。その種類の多いことには驚かされます。日本人にはさほど違いが分からない(失礼!)ようなものにも大事な違いがあります。この豊かな世界を知るためにもぜひ一読してその詳細を確かめてください。ドイツ料理店に行きたくなります。
この本はもともとは『新婚1年目! ドイツ夫と日本人妻の「フードファイト」』という題名で発表されたエッセイを纏めたものです。とはいえ食から見た日独対決(!?)だけではありません。日常生活に密着しているだけにトリビア的なおもしろさもいっぱいです。笑ってしまうのは著者一家のプレゼント話。
──義姉が携えてきたワイン用の紙袋の中から、リボンをかけられた巨大なキュウリが飛び出したり(夫への誕生日プレゼント)、義母からなぜかイタリア米の小袋を贈られたりするにつけ(私へのクリスマスプレゼント)、隅々にまで気を配った日本のプレゼントが懐かしくなる。──
ある友人宅では……を新生児にプレゼントした駄菓子を詰めた箱の緩衝材になんとポップコーン(!)を使っていたとか(一応、塩気、油気はないものです)。これを合理的というのでしょうか。
日々の著者の暮らしぶりから醸し出されるユーモアが読みどころのひとつですが、もうひとつはドイツの季節行事の話です。
中でも「ファッシング」の話は秀逸です。「ファッシング」とはカーニバル(謝肉祭のこと)であのブラジルのカーニバルも起源は一緒だそうです。
この「ファッシング」では「真冬の寒さを追い払おう」と「カロリーの高いドーナッツを食べて飲んで騒ぐ」というものです。このドーナッツ三昧をした後の「灰の水曜日」と呼ばれる日に食べるのが鯉料理。結構豪快な料理法が紹介されています。
もちろんドイツといえばビール。「ファッシング」期間が終わった「断食期間」に飲むのが「シュタルクビール」というものです。なんでも「ドイツの修道士たちが断食時の栄養補給のために作ったのがはじまり」とかで「麦汁も濃く、強いビール」だそうです。
ビールならば200年以上の歴史を持つミュンヘンの「オクトーバーフェスト」の祭典を忘れるわけにはいけません。9月末からおよそ2週間、飲めや歌えやのビールの祭典です。なんと毎年600万人以上が訪れるということです。
著者が参加した2015年の様子はといえば、1万人を収容できるテント14棟、訪問者560万人、消費ビール量730万リットル、丸焼きになった牛164頭、落とし物2948個(犬1匹、結婚指輪3個、民族衣装4着を含む)というスケールでした。賑わいぶりが想像できます。おまけにここで出されたビールグラスには「法律でここまで注ぐべきライン」というものがしっかりと(!)しるされています。このラインをめぐるお店とダンナの攻防(?)はビール好きのドイツ人の面目躍如たるところです。この本に掲載された写真を見るときっと行きたくなると思います。
写真やふんだんなイラストを使って綴られたこの本を読むと、“お堅い”というような型どおりのドイツ人のイメージが変わることと思います。何気ない暮らしの中の彼我の違い、感性のあらわれかたの違い、こだわりの違い……そして笑いの違いも……。それらを通してみえてくるものは世界はとても楽しみに満ちているということかもしれません。
それ以外にも『ダーリンは外国人』の作者・小栗左多里さん、『住んでみたドイツ8勝2敗で日本の勝ち』の作者・川口マーン恵美さんの2つの対談が収録されています。どちらもドイツで暮らすことで発見したこと、ドイツだから気づいた日本の再発見などの話はとても興味深く読めると思います。
さて、著者のご主人は「オーケー。食べ物は日本の勝ち」といったそうですが、読んだみなさんはどう思われるでしょうか?
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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