1980年代生まれの私は、「脊椎動物の進化」の知識は魚類から始まり、両生類が生まれて、爬虫類が生まれ、そこから鳥類とほ乳類が生まれたというふうに記憶している。むしろ生物の進化とはそういうものだと学んできた。いや、私に限らず多くの成人はそういうふうに生物が進化してきたと思っているのではないだろうか。
しかし、最新の研究においては、ほ乳類は爬虫類から進化したのではないという考えが主流であるらしい。現在では「単弓類」というほ乳類の祖先を含むグループが両生類から進化したという考え方が主流で、少しずつ教科書も変更されつつあるようだ。そんなふうに自分の知っている常識をやさしい言葉で涼しい顔して塗り替えてくる1冊が、本書『古生物たちのふしぎな世界』だ。
【動画】地球最古の王・アノマロカリスほか『古生物たちのふしぎな世界』
「ドラえもん」にも登場するロマンに満ちあふれた時代
古生物とは何なのかっていう根本的な問いは、“今ではもう絶滅して、化石だけでその姿を見ることができる生物”と本書の冒頭で定義づけられている。
すなわちマンモスや恐竜やアンモナイトなど、博物館や本などでお目にかかることができる昔の生き物たちがそれにあたるが、本書においては、そのマンモスが闊歩する新生代や、恐竜が登場する中生代のもっと前の時代、古生代にフォーカスされている。
実際に古生代というといまからおよそ2億5千年前から5億年前くらいの時期にあたる。カンブリア紀だとか、石炭紀だとか、デボン紀だとか、ときめくワードに満ちたこの時代。さらには超大陸ゴンドワナやローレンシア大陸とかパンゲアとか! 自分の心の中の少年が興奮するロマンに満ちあふれた時代だ。
少年の心を持ち続けているかただけでなく、こんなかたにもオススメだ。
多くの読者が子供のころに読んだことがあるだろう、藤子・F・不二雄先生の「ドラえもん」。その作中でしばしば古生物が登場していたので、イクチオステガやアノマロカリス、クラドセラケなどの有名どころの名は記憶の片隅に残っていないだろうか? 個人的にはまさにドラえもんがきっかけで古生物に興味を持ち図鑑を読みふけったクチなのでこの時期だったのか!と思い返すことしきりだったのだ。
多様性に満ちた生物たちの世界をイラストで再現
それはさておき、そんなはるか太古に起こったことや、ふしぎな生き物の興亡について、イラストや化石の写真がたくさん用意され、筆者の土屋健氏によってロマンと愛情たっぷりに語られている。
46億年前に地球が誕生してから、古生代を迎えるまでの期間は先カンブリア時代と呼ばれている。そして古生代から現代を含む新生代までを顕生累代(けんせいるいだい)と呼ばれ区別されている。
生物が顕現する時代と書く顕生累代は、化石によって生物が確認できる時代である。一方、先カンブリア時代までは生物活動の痕跡はみつかるものの、生物自体の目立った化石がみつからない生物の存在が隠れている時代となる。それはその時代に生物が存在しなかったわけではなく、先カンブリア時代のころの生物は顕微鏡サイズのようなとても小さいものだったり、化石になりづらい堅い組織を持たない生物だったりと、なかなか見つかりづらい理由がある。
しかし先カンブリア時代末期のエディアカラ紀から古生代にかけての1000万年の間に、いわゆるカンブリア爆発と呼ばれる、さまざまな種類の生物がみつかりやすくなった「何か」が起こり、化石に残りやすくなった、すなわち生物たちが硬質化していったという。
そういった変化のうねりの中にある古生代。様々な生物が群雄割拠するこれまたロマンに溢れた時代で、その多様性に満ちた変な生物たちを本書は写真や精緻なイラストとともにこれでもかと紹介してくれる。科学館や博物館の土産物屋などでなじみ深い三葉虫はいろいろな種類の化石の写真と共に、ハルケギニアやピカイアのような化石ではよくわからない生物は再現イラストで。
生物はなぜ進化し続けるのか?
図鑑のようでいて、各々の生物たちのエピソードは物語のようで、「なぜ?」「どうして?」という問いに対する答えがすんなりと頭に入ってくる。
たとえばカンブリア爆発を知らしめる原因となる生物の硬質化。これの原因が“眼を持った動物が現れた”ということが進化に一役買っているという仮説がある。
パーカーの光スイッチ説というこの仮説は、生物に眼が生まれることで、生物が得る情報量は飛躍的に増加しそれにともなう進化をする。
捕食者はより確実に獲物を仕留めるための堅い武器を得たり、より確実に獲物を追い詰めるためのヒレを得たりするようになる。逆に被捕食者は、自らに襲いかかる天敵の攻撃を凌ぐための防具を進化の課程で得たり、天敵の接近を許さないトゲを得たりといった進化を遂げるようになる。
眼の存在によって、生物は攻撃に特化したり、スピードに特化したり、防御に特化したりと、それぞれ独自の生存戦略を取るようになり、多様性が高くなる(そして堅い組織を持った生物は化石となり地層に存在を刻んだ)といったような古生代に起こったダイナミズムも同時に見えてくるのである。
三葉虫やアノマロカリスのような節足動物が地球の覇権を握っていたころ、サカナの仲間としてキャリアをスタートさせた脊椎動物が不遇の時代を超え、シルル紀の末期に鱗を得て、顎(あご)を得て、デボン紀ではヒレが足になり陸上に進出するものの、水辺は両生類が幅をきかせているから内陸に、そして空へ……というように生息圏内を広げていってと、進化し勢力を延ばしていく様は戦国時代の群雄割拠のようで面白い。
化石や地層などでしか手がかりが得られない古生物の研究は、コンピュータや分析技術の進歩によって、きのうまでの常識があっというまに塗り変わる分野だからなのだろう、巻末の参考文献の年号がとても新しいのだ。最新の研究成果をわかりやすく提示してくれる本書はページ毎に新たな発見があるに違いない。
古生代から中生代、現在まで続いている新生代と、地球上の覇権を握ってきた生物は移り変わっている。遠い未来にわれわれ人類が絶滅したのち、その後の地球の覇権を握るのは一体何なのか、と思いを馳(は)せるのも面白いのではないだろうか。
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。