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2017.05.27

レビュー

猫カフェが読みどころ? 毒舌ヒロインが超魅力的な“ブラック企業”小説

2006年に『憂鬱なハスビーン』で第49回群像新人文学賞を受賞した朝比奈あすかさんの小説です。

本書の主人公は、アラフォーの川俣志帆子。彼女が勤めているのは株式会社クレイズ・ドットコムという新進のIT企業です。クレイズはオンラインゲームで儲けた会社だそうですが、ネットの書き込みであらぬ噂を立てられ、ブラック企業ということにされている。

──去年、クレイズはネットの掲示板の中で、「絶対に入社してはいけないIT企業ランキング」の一位にされた。サビ残強要、パワハラ横行、鬱になるまで擂り潰され、切り捨てられる。そうしたことがまことしやかに書き込まれたのだったが、これは実際のところ、かなりの誇張と、悪意による工作の果てに思える。どうしてこうなるまで放っておいたのか、去年の採用リーダーを務めた君塚の詰めの甘さの方が問題ありと志帆子は見ていた──

志帆子はその“ブラック企業”の新人採用プロジェクトのリーダーに突然指名されてしまいます。志帆子は転職組。これまでは創設時のオリジナルメンバーがプロジェクトリーダーを務めていたので、転職組がリーダーになるのは初めてです。異例の抜擢の理由は「就活戦線での惨敗」であり、「欲しい人材をことごとく他社に獲られた」反省を踏まえて、「来期はなるべく落ち着いたオーラのある人に前面に出てもらおう」という社長の思惑によって、お鉢が回ってきた。クレイズには、知名度向上のために社長がメディアに露出しすぎたなど、軽薄なイメージを払拭しきれないでいる。それが就活戦線における悪印象の遠因でもある。

そこで志帆子です。彼女は確かに落ち着いたキャリアウーマンの風情かもしれません。“外面”だけなら間違いなくそう見える。ただし、のっけからちょっと自意識過剰です。最初から最後まで彼女の三人称一視点で綴られる心理描写は、切れ味鋭いユーモアたっぷりの毒舌。本書の何か面白いかというと、そこでしょう。志帆子の世界を眺めて楽しむ小説と言えばいいのか。

企業の採用プロジェクトチームの描写にはリアリティがあって、志帆子にはセキという元部下で新米小説家の恋人がいて、本書はお仕事小説でありところどころ恋愛小説でもあるのですが、そのすべてに介在する志帆子の解釈こそが、やはりリーダビリティだと思います。

志帆子は、不当にブラック扱いされている自社の名誉回復のためなら平然とネット工作もできてしまう女。「俺は、嘘が嫌い」という社長の段田と比べて、嘘も方便みたいなところがあり、実際のところ有能な学生を囲い込むためなら平気で嘘もつく。かといって性悪の印象をあまり抱かせないから不思議です。同棲している元部下で小説家で草食系の恋人のことが、僕はどうしても好きになれなかったからなのか、ふたりが喧嘩しているときは、積極的に志帆子の味方をしていました。彼女自身は気づいていないかもしれませんが、意外と好感を持たれやすい得な人なのでしょう。

そんな志帆子の癒やしが猫カフェです。アメリカンショートヘアのザビーです。この猫カフェでの志帆子がとにかく面白い。終盤、常連客の女性を観察する彼女の目、その常連との会話など、えっ、そこまで書くのかという、愕然とさせられるというか、率直に言って気持ちが悪いと思うところまで描ききっているのですが、だからこそ面白いんです。詳細が気になる方はぜひ本書を手に取ってみてください。ここが僕が思う本書のクライマックス。そのあとに志帆子と、ある男子学生との対決めいた場面が用意されていて、それはそれで読みどころなのですが、やはり猫カフェでの志帆子を推したい。彼女の憎みきれないところが一番つまっているのが、猫カフェのシーンなのです。

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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