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2017.05.01

レビュー

『罪の声』塩田武士が、実経験をもとに描く──圧倒的にリアルな会社小説!

塩田武士(しおた・たけし)さんの長編小説です。塩田さんといえば、グリコ・森永事件をモデルにした『罪の声』が大ヒット。瞬く間に版を重ね、山田風太郎賞を受賞したり、週刊文春ミステリーベスト10で見事1位にランクインするなど、2016年最大の話題作になりました。

本書は、その『罪の声』の発売からさかのぼること4年前に刊行され、今年文庫化されたお仕事小説の秀作です。

主人公の武井諒は、極度のあがり症。大阪の地方紙、上方(かみがた)新聞の編集局社会部で働く、まだ28歳の若手記者です。彼は労働組合執行部の委員長、寺内隆信から半ば強引に組合の教育宣伝部長の役割を押しつけられてしまう。

約500名の組合員を代表して経営側と労使交渉を担当する執行部メンバーには、当然のこと重責が伴います。その中にあって機関誌の「組合ニュース」を発行したり、マイク原稿(交渉の実況原稿)を執筆したりするのが、武井の担当する教育宣伝部長。タイトルにもなっている「ともにがんばりましょう」は、労働組合で、挨拶の終わりに必ず添える言葉だそうです。

労使交渉、組合……と書くと、生真面目な経済小説をイメージする人が多いかもしれませんが、実際のところ本書の読みどころは、一時金(ボーナス)の要求額に対する経営側回答との乖離、深夜労働手当引き下げに対する組合側の猛反対など、両陣営の手に汗握る攻防戦です。著者の塩田さんは元神戸新聞の記者で労働組合執行部の教育宣伝部長を担当していた過去があるだけに(つまり主人公の武井と一緒)、団体交渉の描写には経験者だからこそ書けるディテールと、それにもとづく圧倒的なリアリティの迫力がある。

それでいて、機知に富んだユーモアが、シリアス一辺倒になりがちな空気を緩和しています。関西出身の著者だけに、絶妙なタイミングで挟み込まれるボケとツッコミの漫才ノリが楽しい。それも本書の魅力でしょう。

魅力といえば、執行部メンバーたちと対決する経営側の曲者たちが、また面白い。専務取締役で、傲慢が服を着たような労務担当者、朝比奈。まやかしの話術「権田システム」を駆使する総務局長の権田。帰国子女で、頻繁に英単語を会話に挟み込んでくる広告局次長の五味。他にも、一筋縄ではいかない経営側キャストが笑いを誘う一方、彼らと執行部との間で繰り広げられる丁々発止の論戦からやはり目が離せません。

我田引水もいとわない苛烈な言葉の応酬は、しかし単純な敵味方の二元論とは明らかに異なっている。立場の違いこそあれ、両陣営ともに会社をよくしたいという共通の思い──個々人のほとばしる情熱がその根底にはあるからです。だからこそ、要求と回答がぶつかり合う団体交渉に読者も引き込まれてゆく。

物語の終盤。執行部のメンバーたちが、会社や、それぞれが従事する仕事への思いを開陳するに至り、胸と目頭が熱くなりました。ネットが一般家庭に普及して久しく、ニュースはそのネットで無料で読めて当たり前と考える人たちが激増した。最近はフェイクニュースの問題も無視できない。オルタナティブ・ファクトとポスト・トゥルースの時代です。おそらくは既存のマスメディアにも、そんな時代を招いてしまった一因がある。しかし、むしろそんな時代だからこそ、たとえ斜陽と嗤われても既存のメディアがこれまでにないほど重要な存在になることも可能なはずです。

──二十年後、うちの会社残ってると思うか?──

組合委員長の寺内が、武井に投げかけた言葉です。
 
武井の答えは「なんとかします」でした。もちろん残ってますよ、と断言できないところが、新聞社の苦しい現状を言外に言い表している。しかし、決してうしろ向きな言葉ではありません。不景気の3文字がすっかり耳に馴染んでしまった時代だからこそ、職種や老若男女を問わず、多くの人々の心に響く言葉──いまは確かに苦しいけれど、きっとなんとかなる。してみせる。決意と希望を内に含んだ言葉です。少なくとも僕は、そんなふうに受け取りました。受け取ると、なんだか元気が出てきます。そう思わせてくれただけでも、一読の価値があった小説でした。

ともにがんばりましょう特設サイトはこちら⇒http://kodanshabunko.com/tomoniganba/

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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