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2017.04.08

レビュー

湊かなえ『リバース』が面白い。主人公の“陰キャラ”に藤原竜也がハマりすぎ!?

2008年の『告白』、2012年の『白ゆき姫殺人』など、時代の注目を集め続けてきた作家、湊かなえさん。本作はその湊さんの作品。主人公、深瀬和久を、藤原竜也さんが演じる連続ドラマとして映像化もされる話題作です。

深瀬和久は、ごく地味なサラリーマン。小さな事務機器メーカーの営業です。こつこつと勉強するタイプだった彼は都内の“結構いい”私立大学に進学したのですが、卒業するにあたって商社や教員など早々と就職先を決めたのは、ゼミ仲間でも目立つ学生。

明るくてコミュニケーション力に優れ、友だちが多い。そうしたクラスの中心になるような生徒を陽気キャラ、略して「陽キャ」などと呼びますが、深瀬はその対極の「陰キャ」。

地味で目立たず、友だちも少ない。本人もそのことをずっとコンプレックスに感じていて、地元コミュニティを出た。しかしやはり大学でも彼のポジションは変わらなかった。

社会の現実は残酷で、そんな深瀬のような「陰キャ」は、就職活動もなかなか志望通りにはいかない。深瀬も大きな企業は軒並み落ちて、ようやく決まったのが今の事務機器の会社でした。

深瀬の趣味はいかにも彼らしく地味。それはコーヒー。彼が淹れるとコーヒーも美味しく、学生時代も彼のコーヒーは仲間に歓迎されていましたし、就職した今になっても、職場でコーヒーを淹れることで注目を集め、ささやかな自己承認欲求の充足を味わうことができました。しかもコーヒー豆の専門店「クローバー」に通ううちに、越智美穂子という女性と知り合い、特別な関係へと発展していきます。

しかし仲が深くなったある日、美穂子が「深瀬和久は人殺しだ」という手紙が届いたと告げる。

深瀬は「知らない」としらを切ることができなかった。彼は、一生口外しないと約束したある秘密を、ゼミの仲間たちと共有していたのです。

子どものころは世界が狭い。「クラス」という世界が、人間関係のすべてといってもいい。だから子どもの間では、たとえば「どのゲームを遊ぶか」は、陽キャの中でもトップに位置するリーダーが決め、流行はそれ一色に支配される。

違うものを選んだとしたら、待っているのは無視。空気。下手をするとイジメに遭います。だからマーケティングの世界でも、子どもの世界だとシェアは勝ち組一色に支配され「異端」は許されないと言います。

中学、高校と進学していくたびに人間関係の変数は複雑さを増していきますが「陽キャ」「陰キャ」の力学はなかなか変わらない。だからいつの時代も繊細に空気を読み、クラスの力関係に配慮していく必要があります。

しかも現代ではさらにSNSがある。友だちの多寡は丸裸に視覚化されてしまう。陽キャたちのリア充ぶりも、日々突きつけられることになります。

もしかするとこれは、群れて暮らす動物としての、人間の本能に根ざすものかもしれません。「地元」のコミュニティでは、学生時代の「カースト」が、そのまま大人になっても剥き出しに、より生々しく生きていたりすることもよくあります。

深瀬のゼミは5名。野球好きな谷原、教員を目指す浅見、政治家の父親を持つ村井が、陽キャラ側。

もっとも現代では人間関係も洗練され、深瀬の通う大学のゼミ生たちともなると、他人を見下してプライドを保つようなことはしない。「みんなで旅行に行こうぜ」というような話でも、深瀬のような陰キャを仲間外れにするようなことはしません。

もっともそれは「目立つヤツと目立たないヤツのヒエラルキーが存在しない」ということではないのかもしれない。

ふだんは無自覚なだけで、見下す目線はより根が深いのかもしれないし、もしかすると「こういうヤツも差別せずに誘う俺」が気持ちいいだけなのかもしれない。

陽キャラが放つ陽の光の中に、闇がないとは限らない。もっとも、陰はやはり陰で、真の暗闇はそこにあるのかもしれませんが。

物語は過去へと遡る。あの時、本当はなにがあったのか。彼はそもそも何者だったのか。

章を追うごとに転換する物語の鮮やかさは、本当にさすが。読む人はどんどん引き込まれていくことでしょう。

陽キャがいて陰キャがいる。陽が上で、陰が下。クラスにはカーストが存在して、それは学校を出た後の人間関係にも大きな影響をおよぼす。それが現実なのかもしれませんが、人生がそんな二元論で決まってしまうのではあまりにも寂しい。

陽キャも「ウェイウェイ」と騒ぐだけではなく、繊細な感受性を持っているのかもしれないし、陰キャの陰湿さが露見することもあり得る。

なにより、そうしたカーストなどというくだらないものを超越した、本当の強さや優しさに出会うこともあるはずです。でないと、人の世というものが、あまりにも薄っぺらすぎる。

小説はやがて青春の物語として、あたたかく、力強い結末へとたどり着きます。

と、ここまで書いてしまうと「おいおいネタバレかよ」と思われる人もいらっしゃるかもしれません。

しかし真に待ち受ける結末は「リバース」。最後の最後までこの小説を読み通した時、あなたはきっとこの小説のタイトルの真の意味を思い知ることになるでしょう。

そう、湊かなえさんは、重い読後感を与えるといういわゆる「イヤミス」の名手と、ファンに評されることもある人です。

すべては、この結末のために用意されていたのか。すべてがあまりにも真実であるがゆえに、衝撃も重く、長くあとを引くことでしょう。ぜひ読んでみてほしい物語です。

レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に〝中年の青春小説〟『オッサンフォー』、 現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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