普段何気なく使っている言葉でも、よく考えてみると語源のわからない日本語はたくさんあります。『辞書ではわからないニッポン 笑える日本語辞典』より、意外な語源の日本語をピックアップして紹介します。
■おなら【おなら】──目的はかわいく言い訳するため!?
腹にたまったガスの外出の挨拶。また、屁の種族のうち、自己主張の強い一派、つまり音の出る屁である。
楽器などを「鳴らす」の「鳴らし」に接頭語の「お」が付いた「お鳴らし」が語源で、室町時代初期ごろから、宮中に仕える女性が使い始めた女房詞(にょうぼうことば)のひとつだと言う。おそらく、誤って放屁してしまったとき、かわいく言い訳するためにそんな愛称が用いられたのであろう。一方、音のしない屁、すなわち「透かし屁」には似たような表現がないが、こちらは、やってしまってもしらばっくれていればよいので、言い訳する必要がなかったからかと思われる。
■姑息【こそく】──本当はズルくない! 響きが似ていて勘違い多発
一時の間に合わせ、その場しのぎという意味で、「姑息な手段をとる」などと用いる。
ところがほとんどの日本人は「姑息な手段」を「卑怯な手段」とか「ズルいやり方」という意味に誤解していて、話すほうも聞くほうも誤った認識で合致しているから、「姑息なヤツだね」「ほんとうに姑息なヤツだ」などと応答して、会話になんの齟齬(そご)も来(きた)さないという無法状態になっている。おそらく「こそく」という言葉の響きが、「こそこそ」とか「こせこせ」とか「小癪(こしゃく)(憎らしい)」といった言葉の響きと似ているところから生まれた誤解ではないかと思われる。
それでは「姑息」という漢字の成り立ちはどうかと辞書を調べると、たいがいの辞書に『「姑」は「しばらくの間」という意味、「息」は「休む」という意味なので、「姑息」で「一時の間に合わせ」という意味になる』と書かれているが、「しばらくの間」と「休む」でなんで「一時の間に合わせ」になるのかどうにも理解できない。また漢和辞典を見ると、「姑息」で本来の漢字どおり「女性や子ども」の意味として使う場合もあったらしい。さらに現代中国語で「姑息」は、「その場しのぎ」という意味の他に、「甘やかして育てる」とか「寛大な措置をとる」といった意味もあるそうで(「姑(しゅうとめ)」と「息(むすこ)」だから?)、こんなんだったら「姑息な手段」を「ズルいやり方」という意味で使ったってどこからもおとがめがないだろうし、どうってことないじゃないかという気にもさせられる混乱ぶりである。
■さすが【さすが】──言葉も意味も時代によって変化。漢字表記は「言い訳」から
「そうは言うものの」という意味の古語「しかすがに」が「さすがに」に変化し、「に」が落ちたもので、意味も当初の「そうは言うものの」に、「期待に違わず」という用法が加わり、現代では主に後者の意で使われている。有名な芸術家が新作を発表したとき、その価値がまったくわからず、「もしかして駄作?」と疑念をいだいたとしても、「さすがです」と言っておけば万事丸く収まる便利な言葉である。
「流石」という漢字表記は、中国の故事「漱石枕 流(そうせきちんりゅう)」による。夏目漱石の雅号の由来ともなったこの話は、西晋(せいしん)の孫楚(そんそ)が世俗を離れた暮らしを「枕石漱 流(ちんせきそうりゅう)(石に枕し流れに漱(くちすすがん)と欲す)」と言うところを、誤って「漱石枕 流(石に漱ぎ流れに枕す)」と言ってしまい、友人の王済(おうさい)に「その言い方間違ってませんか?」と指摘されると、「流れで耳を洗い、石粒で歯を磨くのだ」と意地を張って言い訳したというもの。この言い訳はただの思いつきではなく、俗世の雑事を聞いたときは耳を洗って清めるという伝説上の人物許由(きょゆう)の故事を踏まえていたため、王済が「さすがにうまい!」と感心したところから「漱石枕流」を略した「流石」が「さすが」の意になったのだそうだ。もっとも、「さすが」の意味に「流石」を当てたのは日本人のようで、中国では「流石」の語で人はおだてられない。
■シカト【しかと】──語源はダジャレ!?
無視することという意味で、1980代ごろの不良仲間が愛用した俗語。
シカトは、花札のもみじの10月の札に描かれた鹿が、横を向いてこちらを無視しているように見えることから、10月の鹿、鹿(しか)の十(とお)から、しかとう、シカトに変化した言葉だと言われる。しかし、花札に描かれた動物で私たちと目を合わせている(正面を見ている)ヤツはいないし、鹿の場合は、後ろを振り返っていてこちらを見ようとしている風情もあり、古人が作った和歌を見ても、鹿は女を求めて鳴いてばかりいて「知らん顔」とはほど遠く、そんな彼がなぜ「シカト=無視」の象徴に選ばれたのかは不明。もしかして、「無視か!(むシカ)」というダジャレか?
■冷やかす【ひやかす】──紙漉(す)き業者の暇つぶしから生まれた言葉
店などで買う気もないのに店員を相手にして買う素振りを見せるという意味で、恋愛中のカップルなどをからかって楽しむ行為についても言う。
「冷やかす」は文字どおりの意味では、物を冷却するということ。江戸時代、浅草山谷の紙漉き業者が、コウゾなどの和紙の原料を蒸した後、水につけて冷やす間、幕府公認の色街、吉原の遊郭でウィンドウショッピングを楽しんだことから出た語だと言う。これくらい語源と現実の意味とがかけはなれた言葉もないと思われるが、それでも、商品を売ろうと必死になっている店員を熱くさせるだけさせておいて最後に冷水を掛けるといったニュアンスが状況によく合い、紙漉き業者がひまつぶしをしていた江戸時代から今日まで生きながらえている言葉である。
『笑える日本語辞典 辞書ではわからないニッポン』では、普段使っていても実は意味があまりわかっていないのに会話が成立してしまう言葉や、用途の広い言葉をなど、辞書に載っている意味ではとらえきれない、日本語の意味や語源、用途を冗談交じりで面白く解説しています。まずは、あなたが普段よく使う言葉から読んでみて、そこから見える日本人の心理や日本文化について探ってみては。
書籍製作者。日本文化愛好家。書籍の企画、編集、デザイン、イラスト等の製作業務のかたわら、日本語、日本人、日本文化について独自に研究。その成果をホームページ『笑える国語辞典』で発表し、現在3000語を超える日本語の意味、語源などとともに楽しく解説している。