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2016.10.15

レビュー

【凄すぎる奇想天外】ランボー、ベトナム戦争中の蘇我氏に鉄槌!

さすがにこれはちょっと反則だなと思いました。世の中には合わせてはいけないトッピング、コラボしてはいけない人たちというのは、往々にして存在するものです。

たとえば、僕には狭隘で頑迷な原理主義者的な側面が少しあって、「カレーうどん」など密かに白い目で見ています。「うどん」も「カレー」も好きなのですが、それぞれ独立して食べたいのです。その方が存在として美しい。常からそんなことを考えている僕なので、「焼きうどん」も完全に亜種です(好きな人、ごめんよ)。ただしまあ……どちらも味はそこそこ好きだったりします。ゆえに、なくなってほしい、などとは寸毫たりとも思ってはいませんが。

創作にしても、たとえば劇場版『ドラえもん』にニーチェが主要登場人物としてキャスティングされる悲劇を想像してみてください。劇中、悪(もしくはそのように思われる敵対勢力)に苦しめられているゲストキャラを助けるために、のび太が義憤に駆られて救いの手を差し伸べようとするのは、おそらく誰の目にも善行と映るでしょう。
 
しかしそこにニーチェが空気を読まず、悩ましげな風情で登場したらどうなるでしょうか。善とは弱者の利益を守るための口実で、「畜群(ちくぐん)本能」がうんたらと捲し立て、カントやらキリスト教を批判してみたり、何もかも無価値だのと言って厭世主義をまき散らした結果、のび太は唖然とし、しずかちゃんは悲嘆に暮れ、ロボットであるドラえもんは己の「自我」について深く思い悩むかもしれません。そればかりか、ニーチェの思想が都合よくナチズムに利用されたように、ともすれば劇中の敵が標榜する思想の自己正当化および蛮行の幇助にも繋がりかねません。要するに、作品がしっちゃかめっちゃか混迷を極めること請け合いなのです。
 
よしんば、それと承知で実際に制作してみたとしても、やがてニーチェの考えに蒙を啓かれたのび太が、これまでさんざん世話になってきたドラえもんの助けを拒絶し、スネ夫とジャイアンの説得も聞き入れず、ひとり「大いなる正午」から「超人」を目指して「ニヒリズム」を乗り越えてゆく──という果ての見えない物語に、はたして需要があるのかどうか。あるにしても子供が面白がるとは到底思えないので、そこまで濃密でエキセントリックなコラボはしない方が無難なのです。ある種のタブーなのです。

しかし、もしもですが、それこそ超人を目指すがごとくそうした無理難題を乗り越えることができた作品があったとしたら──。それは間違いなく傑作でしょう。
 
前置きが長くなりました。本書の表題作『ランボー怒りの改新』は、まさしくそんな短編小説なのです。

──ある夏、ひとりの青年が斑鳩(いかるが)の里にフラリと現れた。
たくましい身体と日焼けした肌、髪は長く伸ばしている。彼の名はランボー。遠い異国ベトナムの奥地からやっとの思いで故国の島国へ帰りつき、難波津(なにわづ)から飛鳥(あすか)を目指して歩いてきたのだ。
(中略)
推古(すいこ)天皇の御代(みよ)、トンキン湾事件をきっかけにして蘇我馬子(そがのうまこ)が火蓋を切ったベトナム戦争は泥沼化し、馬子が世を去ってその息子蝦夷(えみし)の代になっても終息の兆(きざ)しを見せていなかった。──

これは表題作の冒頭の文章を一部抜粋したものですが、おもわず噴き出しました。反則です。こんなの最後まで上手くいくわけがない。そう思いつつ、腹を抱えながら読み進めていくと、あら不思議、終息の兆しを見せない蘇我氏とベトコンとの戦争とは裏腹、物語は破綻せずに綺麗に終わってみせるではないですか。
 
これは並々ならぬ技量です。僕が先ほど『ドラえもん』とニーチェを適当にくっつけて即興ででっち上げたあらすじとはわけが違います。あらすじだけなら、なんとでも書ける。しかし物語の場合は、このぶっ飛んだ設定をいかにして違和感なく(もとい、その違和感をいかに面白く)読ませることができるかどうかで小説の質が決まるものです。当然、口で言うほど簡単なことではありません。たいへんな困難が伴うはずですが、著者はまるで朝飯前だと言わんばかりに平明な文体を使って見事に描ききっているのです。

おお、これはよほど才知に長けた作者に違いない。ベテラン作家の作品だと言われても素直に頷けてしまう。

ところが、著者の前野ひろみちさんは、意外にもこれがデビュー作。本当に意外でした。本書の巻末に解説文を寄稿した小説家の仁木英之さんも、デビュー前の前野さんの小説を読まれてプロの作品だと勘違いされたらしく、解説の見出しも「在野の遺賢」とあるように、これまで世に出ることがなかった才能に驚き、称揚しています。

その賞賛が間違っていないのは、本書に収録されている他の短編3つを読めば、自ずと理解できるでしょう。表題作の設定が突出して異彩を放っているので、ともすれば『ランボー怒りの改新』ばかりが話題に上るやもしれませんが、「佐伯さんと男子たち 1993」「ナラビアン・ナイト 奈良漬け商人と鬼の物語」「満月と近鉄」の3作品も表題作に負けず劣らず珠玉の出来です。その中でも、僕個人の趣味であえて一番面白かった作品を挙げるなら「満月と近鉄」でした。
 
この短編の主人公は、著者をモデルにしたと思しき作家志望の浪人生、前野弘道。青春・幻想小説であり、謎の美女・佐伯さんとの恋愛譚でもある。他の3つの短編がコミカルなトーンを前面に押し出しているのに比べて、著者の自伝小説とも受け取れる「満月と近鉄」には、そうした趣がずいぶんと控え目です。だからこそインパクトも抜群で、前野さんの才能を語る上で、絶対に外せない作品でしょう。

その前野さんですが、もともとプロデビューにはあまり前向きではなかったそうです。そこを編集の方が口説き落として、どうにかこうにかプロデビューさせたのだとか。仁木さんの解説によると、いつになるのかはわからないけれど、2冊目の刊行を期待してもよさそうなことが書かれています。
 
プロデビューしたので、前野さんはもはや「在野の遺賢」ではなくなってしまいました。しかしこうして世に出たことによって、彼の異彩はますます独特のきらめきを放ち、作中に登場する謎の美女、佐伯さんのごとくミステリアスな魅力で読者を惹きつけます。作中の前野氏が佐伯さんに会うために心躍らせたように、たくさんの読者が著者との再会を楽しみにしていること請け合いですよ! 

ランボー怒りの改新

著 : 前野 ひろみち
絵 : KAKUTO

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レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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