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2016.09.27

レビュー

十津川村、廃校の先生と小学生が選んだ人生。最後の1年に胸熱!

この小説は、放送作家としても活躍してきた浜口倫太郎氏の新刊。奈良県十津川村の、廃校になることが決まってしまった小学校を舞台とする物語です。

奈良県の十津川村をご存じでしょうか。東京都23区よりも大きい、北方領土を別とするならば、日本最大の村。和歌山県との境、紀伊半島の奥地にあり、公共交通機関で行こうとすると、見渡す限り山、山、山という絶景の中を、一日に数本しかないバスに何時間か揺られて行くことになります。

現代でさえそうした山深い土地だけに、中世では僻遠の地としられ、この辺りの山には平家の落人伝説が残っていたりする。

もっとも十津川というと、そうした「秘境史」よりも、南北朝時代に南朝の拠点となり、以来、勤王を貫いてきたこと。幕末の動乱の際には、山々を越え京に向かった志士たちを出した歴史のほうが有名かもしれません。

また、質の高い温泉が出ることでも知られ、「秘湯マニア」の間では、憧れの里になっていたります。そしてもうひとつ、西村京太郎氏の人気シリーズ「十津川警部」シリーズの十津川省三の名前は、この村に由来するそうです。

この山深い土地に、いくつか残された小学校のひとつ、谷川小学校。この学校に昨年、赴任してきた若い教師、黒田香澄の視点から、物語は始まります。

学校に教師は4人。生徒も一学年に数名。香澄自身は4年生の担任ですが、副担任として6年生も見ている。

6年の担任は仲村よし太という地元出身の先生で、彼はいつも一番早く学校に出てきて、校庭の鉄棒で体を動かしている。彼がフェンスにかけた黄色いジャージを見て、教師や生徒たちは登校することになります。

香澄からすると、よし太は生徒たちに「うんこノート」を書かせようとするようなワケのわからない先生で、変な話し方をする30過ぎの男です。ですが、彼の回りには生徒の笑い声が絶えません。

香澄自身は、地元の人の間でも知られるほどの温泉好きとして、十津川の生活に溶け込んでいます。

ただ、こうした谷川小学校の日々には限りがあった。今の6年生が卒業する来年の3月で、廃校になることが決まっていたのです。

物語は3人の6年生たち、廃校に納得の行かない十夢、アイドルを夢見る愛梨、私立中学校を受験し、村を出ていくことを決意している優作に、目を向けていきます。

印象的なのは、著者、浜口氏の語り。子どもたちはまだ小学生。思春期も迎えておらず、抱く夢も幼い。

ですが浜口氏の描写は決して子どもを「子ども扱い」せず、その繊細な心理に深く立ち入り、むしろ大人と変わらない、洞察力、意志、そして寛容さを持った存在として描き出します。

「ああ、自分だってそうだったかもしれない」。子どもは、学校と家庭という逃れようのない「社会」で暮らしている。だから実は子ども時代とは、大人に負けず悩ましい日々を送っているものだった気がします。

十夢は、父親がなぜ廃校を支持したのか、理解できない。愛梨は母親がなぜ大阪から十津川の山の中に帰ってきたのか納得ができない。優作はある大きな悲劇を経験し、しかもその後、父親が自分の世界に没頭し、優作のことを見てくれなくなった、と感じていた。だが谷川小学校に通う子どもたちは、それぞれに「大人の事情」に直面し、受け止めていくことになります。

むしろいつまでも悩みが尽きないのは大人のほうかも知れず、香澄は、自分が本当に教師に向いているのかどうか、自分でもわからずにいる。東京の仕事という、まったく違う暮らしも視野にちらついてくる。

よし太は、タイムカプセルを埋めることを提案したくせに、自分自身が一番、なにを埋めるのか決められずにいた。もっともそれは、彼にも彼の「大人の事情」があったからなのですが。

むしろ、自由に生きていいはずの大人のほうが、自由であるがゆえ迷ってしまうのかもしれません。

だからこそ大切にしておきたいのは、子どもの時間。小学生という帰らぬ時。残念ながら今の時代は、小学校にさえ「大人の事情」が侵食し、その場所と時間に確かに存在したはずの大切な特権が失われつつあります。

しかし時代から取り残されたような十津川の山の中には、まだそれが残されていた。たった1年という限られた時間であってもかけがえのない時間を過ごしたことは、子どもたちだけではなく、大人たちの人生にも大きな影響を与えていきます。

子どもたちと、そして大人たちがタイムカプセルに埋めたものはなにか。なにも考えていなさそうなよし太の、たったひとつの願いとはなんだったのか。

ページをめくり章を追い、やがて彼らの選択を知った時、胸が熱くなる。そして自分の人生には、こんな大切なものがあったのかどうか、思いを巡らせることになるでしょう。

物語は彼らの選択の「その後」まで綴られます。ぜひその結末を、確かめてみてください。心打たれることと思います。

廃校先生

著 : 浜口 倫太郎

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レビュアー

堀田純司

作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に〝中年の青春小説〟『オッサンフォー』、 現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証 言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。

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