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2016.08.27

レビュー

参勤交代はなぜ面白いのか? 緩和したら幕府衰亡!のからくり

映画化が大ヒットした土橋章宏さんの『超高速! 参勤交代』に続いて続編『超高速! 参勤交代リターンズ』も映画化されました。幕府の無理難題な要求、過酷な参勤交代をめぐる小藩の大騒ぎを笑いの中で描いた傑作です。また、それ以外でも浅田次郎さんの『一路』がテレビドラマ化されました。なんとなく参勤交代が注目されているのでしょうか。

参勤交代というと大名の経済力をそぐためと思われがちですが、どうもそれは俗説だったようです。
──参勤は、もともと「参覲」と書く。「覲」の語意は「まみえる」、すなわち拝謁することで、中国では諸侯が天子に拝謁することであった。日本においては、江戸幕府の将軍に拝謁するため江戸に出てくることを言い、東西の大名が交互に江戸に参府することから「参覲交代」という。──

この制度の始まりは実は徳川幕府ではなく豊臣秀吉の時代にあったのです。大名は秀吉によって本領を堵されたことの返礼として、秀吉に従うことの証として「御礼(おんれい)」というものを要求しました。
──この「御礼」とは、政治的な意味では現代の「おじぎ」の用法に近く、すでに存在している政治秩序の遵守(じゅんしゅ)を誓うもの、ひいては秀吉との上下関係を受容した「服属の表明」と解釈される行為である。──(黒嶋敏著『天下統一 秀吉から家康へ』より)

この「御礼」に来ない者は「征伐」されることになっていたのです。さらに「秀吉に服属するということは、妻子を上洛させ、自身も京都に詰めることを意味する」のでした。まさしく「参勤交代」の原型だったことが見てとれます。

つまり大名の経済力をそぐというのは結果としてそのような効果もあったと考えるべきなのです。

では大名はどのような経済的負担をしいられていたのでしょうか。この本で参勤交代の経費が詳しく紹介されています。経費として計上されるのは(1)旅籠賃、(2)川越賃、(3)予約解消の補償金、(4)幕府要人への手土産の4点だそうです。それによると確かに参勤交代の費用は多額ですが、それ以上の負担になっていたのは江戸藩邸の維持費用でした。

多額の維持費がかかっていた大名の江戸藩邸ですが、そこに詰めるのは家臣にとってはある種の希望となり、誉れにもなっていいました。
──日本中の大名が江戸に集まることによって、政治的にも文化的にも江戸が中心となっていき、大名・旗本などの上流階級の交流が活発になり、巨大な消費都市ともなった。──
“最先端のもの”が江戸にはありました。それに触れるということは江戸勤番の侍にとって夢のような憧れでした。

それだけではありません。参勤交代の制度化により、街道は整備されていきました。それにより「お金も情報も流通」するようになったのです。
──参勤交代があったからこそ、現在では過疎地となっている地域にも貨幣がもたらされ、文化の均質化が促進された。浮世絵があれほど広まったのも、江戸勤番武士たちが、国許への土産として買い求めたからである。──

参勤交代によって整備された街道には、宿場としても栄える町ができましたが、街道はまた、“情報網(文字通りスーパーハイウェイ?)”という役割を担うようになりました。

江戸がある種の“特権的な空間”であったことを示しているような錦絵がこの本に収録されています。題して「日本橋で江戸到着の儀式をする大名行列」。
──行列の先導をする奴が、互いの持つ毛鑓を投げ合ったりする姿を描いた錦絵なども残っているが、この奴たちのパフォーマンスは大名行列の綺羅(きら)を飾る重要な要素であった。──

このパフォーマンスをする奴は大名によって雇われた人足だったそうです。彼らは「参勤交代の荷物の運送を、国許から江戸まで通して請け負って」いました。彼らのパフォーマンスで江戸入りを飾るということは、藩士にとっては国許と異なった“文化圏”へ入る儀礼、お祭りのように見えたのかもしれません。

参勤交代という制度は「幕府の支配の根幹をなす制度」でしたが、逆にこのために情報を幕府だけが握ることはできなくなっていきました。大名諸藩の藩士は“藩という国”だけを考えることだけでなく、幕府が総覧していた“日本(=公儀)という国”ということをも考えるようにもなっていったのです。「幕府の支配の根幹をなす制度」が情報の均一化をもたらして、逆に幕府への批判意識を生み出すことにつながっていったのです。

この参勤交代は将軍によって緩和を考えられたことがあったそうです。その将軍とは8代将軍吉宗です。幕府財政の窮乏化の解決策として参勤交代の緩和を考えたという逸話が紹介されています。大名の困窮ではありません。

吉宗は幕府財政の窮乏を江戸の奢侈が原因と考え禁止に結びつけ、参勤交代を緩和すれば江戸に町人・商人が集まることもなくなり、ムダな出費がなくなると考えました。これに反対したのが室鳩巣でした。室鳩巣は「参勤の制度を弛めることは、実は幕府の支配体制の根幹を揺るがす」という正当な認識を持っていました。その結果は歴史が証明しています。
──事実、後に参勤交代制度を弛めると、幕府は急速に崩壊の道を歩んでいくことになったのである。──

幕政改革はどれも逆立ちしているようです。奢侈を悪者として、その退治を考えた改革はみな失敗に終わりました。それは奢侈の背後にある新たな町民文化の底力を見損なったからだったのではないでしょうか。

参勤交代の歴史はそのまま幕府の衰亡史代をあらわしています。その参勤交代を制度史と経済史の視点を含めて活写したこの本は、江戸幕府の裏面史ともいえるおもしろさを持ったものでした。映像化された参勤交代のドラマの背景を知る上でもうってつけの1冊です。

参勤交代

著 : 山本 博文

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レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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