急速に高齢化が進む中で、在宅医療に注目が集まっています。
──一つには、国の財政問題があります。国の財政が破綻しかかっている中、入院医療より国の負担が少なくてすむ在宅医療を広めることが、国の医療費削減に繋がる政策として捉えられているのです。(略)しかし、在宅医療に対する関心が高まっている一番の理由は、病院から自宅に戻りたいと望む人がいるからなのです。──
確かに、国の調査では「介護を受けたい場所」「終末期の療養を受けたい場所」としてそれぞれ、自宅を望む方が多いという結果が出ています。
では在宅医療、あるいは在宅療養にはどのような問題があり、どのようにその問題に対処すればいいのでしょうか。さまざまな患者さんとのやり取りをふまえて、この問いに答えたのがこの本です。ちなみに在宅療養については平尾さんはこう考えています。「『在宅療養』とは、厳密には『病院でなく自宅で療養する』という意味ですが、本書では『人生の最期を自宅で迎える』という部分に注目しています」と。
在宅医療の難しさはどこにあるのでしょうか。すぐに思い浮かぶのは在宅医をどのように見つけるのかということでしょう。病院からの紹介、役所、地域包括支援センターなど、利用できる機関は増えてきています。もちろん医師との相性もあります。この「相性」という観点は思ったより重要なのです。平尾さんはこうも言っています。「この人は話しやすいなと感じるかどうか、第一印象を大事にしてください」と。なぜならこの関係には究極の、ぎりぎりの信頼が必要だからです。
──究極的な言い方をすれば、「この医師の言うことに従ってダメであったらしょうがない」と割り切ることができるかどうか。──
ですから合わない担当医と離れるのはお互いのためなのです。
さらに気になる「医療費」や「在宅医療でできる治療」、どこからが在宅では無理になるのか(手術等)まで、こちらが訊ねにくいことも詳述されています。在宅療養、在宅医療を考えている人にはとても役立つ手引きといえる1冊です。
もちろんこれで在宅療養の心配がなくなったわけではありません。在宅医療とは支える医療ですから、支える側の問題もあります。この本には、在宅医であると同時に心療内科医の平尾さんだからできた聞き取りや踏み込んだ家族の声が集められています。大きな特徴です。
「どんなにかっこいい高齢者であろうとしても、永久に美しくあろうとしても、人は必ず歳を取ります」
「ピンピンコロリといけばよいのですが、そうはいかない時もあります。むしろ上手くいかない場合のほうが多いかもしれません」
「がんになるかもしれないし、認知症になるかもしれない。そして多くの人が介護を必要とする。それが現実です」
平尾さんは自ら主催する勉強会で上記のような「夢も希望もない話」をするそうです。
──死生観は人それぞれ。健康診断を受けたい人は受ける、受けたくない人は受けないということでよいと思います。大切なのは「自分で決める」ということです。その上でなにがあっても人のせいにはしないという覚悟を備えることです。──
覚悟を備えるということでいえば「懺悔ともいえる」ような患者さんの声があります。
「僕は社会的には腰の低い人間だと思われていたかもしれませんが、家では暴君だったんですよ。面白くないことがあると家族に当たって。妻を殴り、娘に暴力をふるい。だから孤独なのは自業自得なんですね」
あるいは……、
「嫌です。先生、どうして今さら私が夫の介護をしなければならないんですか。(略)家庭を顧みない。そんな夫の介護をする義務はありません」
という言葉を聞くこともあったそうです。平尾さんはこう続けています。
──ここに「最期まで自分らしく生きる」ことの難しさがあります。人は生きたように死ぬのです。──
在宅療養の難しさはこのようなところにあらわれてきます。「家族の中で最後まで面倒を見るという人」、“キーパーソン”がいなくては在宅療養はできません。その一方で「今後は、入院代を払うことができないという理由から、在宅療養を望まれる患者さんやご家族が増えることが予想されます」。実は在宅療養、在宅医療というものは、待ったなしの課題なのです。そのような時に必要な手立ては何か、それもまたこの本の中で詳述されています。
平尾さんがいうように「今後、地域包括ケアシステムが充実」されていくとは思います。とするならば肝心なのは“キーパーソン”の存在でしょう。「最期まで家で看病するのだ」という強い意志を持ってくれている存在があるかということになります。
平尾さんのメッセージともいえる1文があります。
──在宅医という仕事を通じて、私は時折、「人というのは、自分でも知らず知らずのうちに死ぬ時を目指して生きているのではないか」と思うことがあります。誰しも元気な時には、自分の死について考えることはありません。それでも「よく死にたい」ということを無意識に感じながら生きているのではないかと。──
これは同時に「よく生きたい」ということにほかなりません。そこには「自分らしく生きる」ということが含まれています。「飾らず等身大で生きること」、これが心療内科医でもある平尾さんが勧める生き方です。ターミナルケアで重視されるQOL(クオリティ・オブ・ライフ)にもつながることがらです。
──患者さんの価値観を尊重し、その人らしさを維持しながら、残された期間をいかに充実して過ごすことができるか。そのために家族は何をできるのだろうか考え、在宅医は患者さんやご家族をどう支えることがベストなのかを模索する。──
これが理想的なターミナルケアなのです。
在宅医療・在宅療養のノウハウが詰まっているこの本は、それ以上に自分の生き死をどのように考えるべきかの知見にあふれたものでもあります。「よく死ぬことは、よく生きることである」という格言があるそうですが、その言葉を実感し実践するためのエッセイがこの本だと思います。QOL(クオリティ・オブ・ライフ)とは「人がどれだけ人間らしく、あるいは自分らしく生きるかを示す概念」です。それを手放さないための指針として心に残る本だと思います。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。
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