最近、再読した本がある。『連城三紀彦 レジェンド 傑作ミステリー集』だ。再読の理由は今年の5月12日に第16回本格ミステリ大賞の投票が行われ、浅木原忍さんの『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』が【評論・研究部門】で受賞し、久々に連城作品を読みたいなと思ったからだ。
といっても、実は僕には、そもそも読めていない連城作品がかなりある。だから僕なんかが連城作品のレビューを書いていいものかどうか迷いはしたのだが、本書の再読を始めたら、もうこれは絶対に紹介したいと思った。本書はもとより、連城三紀彦という稀代の小説家を。
僕にとっての連城三紀彦さんのイメージは、超技巧派の“マジシャン”だ。手品には種と仕掛けが存在していると皆わかっているのに騙(だま)される。巧妙に演出されたものだと知っているのに、あっと驚かされる。連城さんの小説もそれと同じだ。本書はそんな連城作品の「入り口」として編まれた短編のアンソロジーであり、選者は綾辻行人さん、伊坂幸太郎さん、小野不由美さん、米澤穂信さんの人気作家4名で、珠玉の連城作品の中から6編が選ばれた。以下、その6つの短編について、僕の短い感想を述べていく。
「依子の日記」:綾辻さんが「連城ミステリー初心者にはぜひ、最初に読んでもらいたい一作」と推薦している作品。その理由は、連城さんの出発点とも言えるのがこの作品だから。山奥の一軒家で暮らす夫婦とそこに加わる女の物語は、事実、特殊な恋愛事情に意外な真相など、連城作品の特徴がはっきりと出ている。どんなに身構えていたとしても、たいていの読者は騙されるはずだ。
「眼の中の現場」:この作品を読むと思い出すのが、傑作戯曲を映画化した『探偵スルース』。『探偵スルース』は1972年版とその後リメイクされたもの、両方を確か観たはずなのだが、僕は本でも映像作品でも、しばらく経つと内容を忘れがちなので、結末やトリックはうろ覚え。ただ、男とその妻の不倫相手が腹の探り合いをしていて……という設定は憶えている。「眼の中の現場」もそこは同じで、読んでいて頭がぐらぐらした。男ふたりの会話がメインのお話は、どんどん思いもよらぬ方向へ。会話劇で構成された短編推理の秀作。
「桔梗の宿」:有名な花葬シリーズ作品なのに、再読するまで完全に内容を失念していた……。でも、だからこそ新鮮な気持ちで読み直せた作品。花葬シリーズで一番人気のある(?)「戻り川心中」も最近読み直してたいへん面白かったのだが、個人的には「桔梗の宿」の方が再読後は評価が高い。昭和初期の娼家が舞台の「桔梗の花」は、淡く、朧気(おぼろげ)で、悲しい夢うつつのような儚さが、たまらくよかった。
「親愛なるエス君へ」:本書に収録されている6編のうち、最も度肝(どぎも)を抜かされたのがこの作品。正直言って、再読するまでほとんどの作品の結末や詳細は忘れていたけれど、この作品だけは比較的はっきりと憶えていた。それぐらい凄まじい。グロテスクな描写があるので人を選ぶ作品だが、とにかくびっくりしたい人にお薦め。
「花衣の客」:収録作品中、最も文体を堪能した作品だった。連城作品=美文のイメージを持たれている方も多いと思うが、「花衣の客」はまさしくそんな作品だ。連城作品に多い不倫の話で、恋愛小説としても充分楽しめる。──が、恋愛小説だけだと思っていると、著者の仕掛けに騙(だま)されるだろう。ミステリーだと決め込んで読んでも、たぶん騙される。僕のように。
「母の手紙」:これは凄い。何が凄いって、たった十数ページしか費やしていないのに、濃密な人物描写と意外すぎる真相が書けるのだから。この作品に限らず連城作品の内容は現実離れしているけれど、そこを文体と人物描写とプロットの超絶技巧で読ませてしまう特徴がこの短いページ数でもしっかりと出ていた。プロ・アマ問わず、小説を執筆した経験がある人ほど、この作品の凄味を理解するのではなかろうか。
さてどうだろう、未読の方はこの6編に加え、他の連城作品も読みたくなっただろうか。どうにもうまく伝えられた気がしないので、僕は心配しているが、そういう人はとりあえずこの本を買ってもらって、本書巻末の「綾辻行人さんと伊坂幸太郎さんの対談」を読んでもらいたい。
この対談がとにかく面白い。連城さんに関する裏話あり、対談者おふたりの(本書収録作以外の)お薦め作品も出てくるし、連城作品への愛情はもちろん、おふたりの本格ものへの愛情がたっぷりと語られていた。ミステリー(とりわけ本格)が好きなら絶対に読んで損はしないだろう。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。