三谷さんが主要な20作品に触れながら思う存分語りつくしたのがこの本です。「徹底して『振り返らない』タイプ」と宣言している三谷さんが、「相手が松野さんだから僕が話したってことを書いてくださいよ」という信頼もあって、インタビュアーの松野さんとともに小さい頃の想い出から創作の秘密までじっくりと、かつさまざまな観点から縦横に語られています。
──選ばれてない人たちが、『この物語は自分たちのことだ』と思ってくれて、励みになるものを書く。それは選ばれた人間には出来ないと思うんです。選ばれていない側だからこそ描くことが出来る気がして。(略)『新選組!』だって、そもそもあんなに凡庸な若者たちはいない。大河を書く時も、天下を獲った人間は絶対に書きたくなかった。だから坂本龍馬のようなヒーローじゃなくて、時代に取り残された人たちをやりたいと思って新選組を選んだ──(本書より)
賛否両論が出た大河ドラマ『新選組!』に触れた後、三谷さんが語った部分です。『新選組!』は三谷さんにとっては〝新選組以前・以後〟というほど「一大ターニングポイント」になった作品だそうです。視聴率的には厳しいといわれた『新選組!』でしたが、現在放送中の大河ドラマ『真田丸』は大好調、かつての悔しさ(?)を晴らすかのような快進撃を見せています。
三谷さんの作品の特徴的な一つは群像劇であるというが挙げられますが、それはどうやら少年時の〝一人遊び〟体験から来ているようです。
──小学生の頃はオモチャの『35分の1ミリタリーミニチュアシリーズ』っていう戦車や、兵隊たちを何百体と集めてた。大人が飾って楽しむような兵士のフィギュアもかなり持ってて、僕はそのフィギュアを動かしながら、自分で空想したストーリーを冒頭から再現したりしてた──(本書より)
そんな遊びで育った少年は、一人のヒーローにあこがれることなく、多くの人間の中で生きる人に関心を持っていくようになりました。それは群衆の中で生きる誰もが何かの価値や意味(作劇上の点でも)を持っているということでもあります。
この群衆劇の特徴がもっとも出ているのが、舞台・映画となった『12人の優しい日本人』でしょう。陪審員ですから無意味な人は一人もいないのは当たりまえですが、それでも三谷さん自らこういうことを語っています。『12人の優しい日本人』は「揺れ動くヤツがいたり、ひとりひとり味方につけていくプロセスみたいなものはもろ『三国志』なんです。(略)『12人…』のおもしろさは、『三国志』的な構造にある」と。
群像のひとりひとりがある瞬間にキーパーソンになる、たとえ最初は少しばかりへそ曲がりであっても、それがいつの間にか場の力学を変質させていきます。兵士のフィギュアの役割(たとえば生死役)を変えれば、「空想したストーリー」は変わっていきます。ひとつの変化が、他のものへ大きな影響を与え、まったく違ったストーリーや世界が生まれてきます。フィギュア遊びの中で得たドラマ作りの核心とでもいったものだと思います。
「仲間が集まってきて集団が協力し合って何かに挑戦する」あるいは「弱い人が集まってがんばる」という群衆劇は三谷監督作品の映画にある特徴を生み出しました。それが「ワンカメの長回し」です。フィルムに撮された人、ものすべてに何かの意味がある、という三谷さんの考えがそこにはあります。『ラヂオの時間』で使われ始めたその手法は『THE 有頂天ホテル』で「ほぼ全シーンを〝ワンシーン・ワンカット〟に」して、編集そのものが不要になりました。さらに『大空港2013』では1時間40分の全編がまるごとワンシーンで撮影されています。すべての撮影されたものに意味があるとても〝濃い〟作品になっています。
もっとも、『ラヂオの時間』の長回しは、初めての映画監督だったので、「現場スタッフにいじめられるんじゃないか、という被害妄想があった」ので、スタッフになめられないためにやったとか。スタッフを「カマそうって気持ち」もあったそうです。これも全体(チーム)でひとつのものにしたいという三谷さんのモチーフがあったからの行動でもあったのかもしれません。
ひとつひとつのフィギュアに個性を見ていた(与えていた)三谷さんのフィギュア(役者)への愛情は若手俳優にも向けられています。西村雅彦さん、堺雅人さん、八嶋智人さんら、多くの人をメジャーまで押し上げたのは、ひとりひとりの特長を見抜くことができ、未知の可能性を引き出せたからでしょう。役者の個性の尊重でいえば『古畑任三郎』では「ドラマはまず『××さんが出てくれる』キャスティングによる〝当て書き〟」で作っていったとあかしています。ところが遅筆ゆえの失敗談もあったそうですが、それは本書の中で。
この『古畑任三郎』が『刑事コロンボ』のオマージュであることはよく知られていますが、ハリウッドのコメディへの三谷さんの傾倒も並々ならぬものがあります。ビリー・ワイルダー、ニール・サイモンらの監督、作家や作品『奥様は魔女』『アイ・ラブ・ルーシー』を語るときの嬉しそうな三谷さんの表情があちこちから浮かんできます。その素顔を引き出さしたのは松野さんへの信頼であり、松野さんの魅力なのでしょう。
この本を読むと『真田丸』が三谷さんの作劇法の総集編のように思えます。〝群衆劇〟〝三国志〟〝弱いものの味方〟〝天下をとらなかった男〟といったように……。取り上げられた20本の作品の秘密や狙いを読みながらDVDなどで再鑑賞するのも楽しいですが、それよりも今こそ松野さんによる『三谷、真田丸を語る』を読みたくなりました。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
note
https://note.mu/nonakayukihiro