ひと口に不老長寿といっても、どのようなかたちでそれは実現されるのだろう? 本書では、少なくとも1000年以上の樹齢を誇るというハチクという植物や、サンゴやベニクラゲ、ヒルガタワムシ、ナナフシといった事例が登場する。種によっては「個としての半永久的な命」……いわゆる個体単位での長生きというより、「種としての永続性」のほうを強く意識させるものもいる。そこに「個」という概念はもはや存在しない種もいて、ヒトをはじめとする哺乳類の生態とは、あまりに違う。
確かにそれらは「思いもよらないやり方で不老長寿を実現した生物」とは呼べるかもしれない。ただし、そのために「あえて失ったものの大きさ」にも思いを馳せずにおかない。不老長寿とは、ヒトや動物の姿かたちをそのまま保った状態で受け継ぐことができるほど、甘いものではないのだ。
ここで、バクテリアを例にとろう。我々がイメージする「不老長寿」のあり方とは、大きく異なる生物のひとつである。
バクテリアは細胞分裂の際、母細胞を原本として、それと全く同じ遺伝子をもつ分身を複製します。ということは、分身(娘細胞)もまた原本(母細胞)ということになります。もちろん、1つの細胞は、有限の時間しか存続できず、いずれ死を迎えます。しかし、その細胞が生命活動を止め、消滅する頃には、細胞分裂により原本と同一の別細胞が出現しています。つまり、細胞分裂で増えるバクテリアは、常に「自分」を作り続けられるので、細胞を乗り換えながら、永遠に自分を維持することができるのです。
これが、バクテリアが不老長寿と言われる所以(ゆえん)です。ということは、細胞分裂や栄養生殖、分裂・出芽で分身を作ることができる生物は、死という概念をもたないことになります。
「不老長寿」という夢のような機能を失う代わりに生物が得たものは、どうやらあまりに大きかったことも本書では語られる。ヒトを含む「有性生殖」の生物が、不老長寿に近いライフサイクルを実現した「無性生殖」や「単為生殖」の生物に比べて、不利な点を4つ挙げたイラストが分かりやすい。
生物は無性生殖や単為生殖を行うことで、不老長寿を手に入れることができます。しかし、いいことばかりではありません。永遠の命の代償は大きく、失ってはならない遺伝的多様性を手放さなければならないのです。そう考えると、不老長寿が生物の目指すべき理想なのかどうかは疑問が残ります。







