人類の叡智とドラマが彩る医療ドキュメンタリー
本書『現代免疫物語frontier mRNAワクチン、アクテムラ、CAR-T細胞、腸管免疫の最前線』は、そんなコロナ禍を経験した私たちに「あのとき体の中で何が起きていたのか?」を教えてくれるとともに、病から私たちの体を守る「免疫」を知るための、親しみやすくわかりやすい手引きとなる一冊だ。
しかし、この本を一般的な科学書のつもりで開くと、良い意味で大きく裏切られるはず。ここにあるのは教科書のような解説ではなく、医療界の研究者たちの執念と地道な闘いを描くドキュメンタリーなのだから。
コロナ禍の舞台裏から、SFのような「CAR-T」の世界へ
人は一度、かかった病気には二度とかからない。二度目の「疫」病からは「免」れる――。
本書は、未知の病・新型コロナウイルス感染予防用ワクチンの開発に大きく貢献したカタリン・カリコ氏の執念のmRNA研究の軌跡から幕を開け、日本発の抗体医薬品「アクテムラ」が免疫システムの暴走「サイトカイン・ストーム」の鎮圧に挑む展開へと進む。
「こんなに早くできるワクチンって、どんなものだろう?」「軽症だと言われていた人が数日のうちに亡くなることもあるなんて……」。コロナ禍のさなか、何度も見聞きしたニュースに感じた疑問とその答え、またその裏で繰り広げられていた研究者たちの熱いドラマが私たちを「免疫」の世界に引き込む。
そして、タイトルに「フロンティア(最前線)」とあるように、医療の最前線をわかりやすく解説し、好奇心を刺激するのが第三章以降だ。
たとえばがん細胞の表面にみられる特有の分子「がん抗原」のような、体内で見つかるさまざまな異物を標的にする「CAR-T細胞」がこの章の主役だ。
「強い殺傷能力を備えたT細胞に、強力な抗原探知能力を持った抗体の先端部を合体させ」、「ギリシャ神話に登場する、ライオンの頭にヤギの胴、毒蛇の尾を持つ怪物キメラの“C”を冠したセンサーを持つ」。
こんな「サイボーグ細胞」が体内で敵(がん抗原)を探り出して攻撃するという、まるでSF映画のような治療法はすでに現実のものとなり、血液がんの分野において「四大悪人」と呼ばれる4つの病のうち、3種にすでに対応しているという。
その成功を追い風に、肺や胃、大腸など臓器にできる固形がんの治療にCAR-T細胞の応用を試みるが、思わぬ細胞の暗躍が大きな障壁となる……。体内で繰り広げられるミクロの攻防戦から目が離せない。
第四章では、mRNA技術を用いた「がんの個別化ワクチン」という治療の最前線も紹介されている。米モデルナ社とメルク社が、メラノーマ(悪性黒色腫)の第二相臨床試験において、mRNAワクチンとチェックポイント阻害薬を併用し、再発や転移のリスクを下げる成果を示した。これはがん細胞の特定の変異を標的とするmRNAワクチンに、がん細胞が免疫にかけているブレーキを解除する「チェックポイント阻害薬」を組み合わせる画期的な手法だ。この原稿を書いているタイミングで最終治験が成功し、モデルナ社の株価が急騰したというタイムリーな報道があった。こうした最新ニュースの裏側にある技術的なロジックが理解できると、医療ニュースの見方が劇的に変わる。
本書は各章を独立したエピソードとして読むこともできるが、章をまたいで描かれる研究者同士の切磋琢磨も見逃せない。たとえば、第二章で白血病の少女がCAR-T細胞療法で命を救われたニュースが、第三章で苦境に立つ別の研究者の耳に入る。やがて目にしたCAR構築のための論文は、彼に勇気を与え、新たな道へと転身させる原動力となる。
最先端医療を切り拓く彼らも決して超人ではなく、誰かの成果に胸を熱くし、影響を受けながら歩む「普通の人」なのだと気づくと、本書の人間ドラマにさらに血が通い、深く胸に刺さる。
身体の要「腸」の迷宮を解き明かす、圧倒的な噛み砕き力
専門的、かつ最先端の医療を題材としながら驚くほどの読みやすさを備えているのは、筆者の「圧倒的な噛み砕き力」にある。豊富な図表はもちろんのこと、難解な医学用語に触れる前には必ず、素人でも直感的に理解できる解説を挟んでくれる。
教養としての最新医療トレンドを知りたい方はもちろん、ノンフィクション好きにも強くお勧めしたい一冊だ。科学の進歩がもたらす希望と、そこに人生を捧げる研究者たちの熱量は読む人の胸にも熱い勇気をくれるだろう。







