私はすでにAIがあることを前提にした仕事が当たり前の日常になっているなか、手に取ったのが、この『AI人類学』だった。読み終えてまず思ったのは、「ああ、自分が知りたかったのはこういう話だったのかもしれない」ということだ。
著者の西垣通さんは、情報学の世界ではかなりの大御所である。東大の名誉教授で、若い頃は日立やスタンフォードでコンピュータの研究をしていた人だ。要するに、AIを煽るでもなく怖がるでもなく、ど真ん中から「情報って、知性って、そもそも何なんだ」を何十年も考えてきた人。その蓄積が一冊に詰まっている。
おもしろいのは、出だしがかなり醒めているところだ。西垣さんは、生成AIがやっているのは「次に来そうな単語を統計で計算して並べているだけ」で、こちらの言葉の意味を本当に理解しているとは思えない、とバッサリ。私もそういう認識ではある。実際に生成AIの仕組みを少なからず学んだので、どのような機序で回答が生成されているかというロジックは理解しているから納得感はある。
ただ、これはAI叩きの本ではない。むしろ逆で、AIを持ち上げも貶しもせず、「第三の道」を行こうとする。便利か危険かという土俵から一回降りて、「じゃあ人間の知性ってなんだっけ」「生命ってなんだっけ」という、もっと根っこの話に連れ戻してくれる。AIの本のはずなのに、読んでいるとどんどん人間の話になっていく。AIの仕組みや使い方などの技術書ばかり読んでいた私にとってはこういう視点を求めていたのでとても楽しい。
個人的に一番のめり込んだのは、本の真ん中あたりのパート。ここで西垣さんがやっているのは、ざっくり言うとAIの「ご先祖さま探し」みたいな話である。
最新技術に見える生成AIのルーツを、はるか昔の人類の宗教や世界観までさかのぼってたどっていく。大昔の人は、世界をもっとおおらかなものとして眺めていた。それがどこかで「すべてを貫くひとつの絶対的な秩序があるはずだ」という感覚に傾いていく。世界には人間の理屈できれいに説明できる法則が隠れている、という発想だ。この「世界はきれいに割り切れる」という感覚こそ、なんでも数字とデータで処理しようとする今のAIの、ずっと遠いご先祖なのではないか、と。
うまいなと感じたのは、その壮大な見立てに、歴史上の有名な思想家たちをするっと並べてみせるところだ。世界をルールや法則で説明し尽くそうとした人たち、とくくってみれば、哲学者も学者も、そしてグーグルをつくった人たちも、案外おなじ血筋に乗っているのかもしれない。そう言われると、シリコンバレーが急に何千年もの歴史を背負った存在に見えてくるから不思議だ。
細かい議論を全部追えなくても大丈夫で、「人類っていつから、世界をきれいに計算できるものだと思い込んだんだろう」という大きな問いだけが、するっと胸に残る。これだけでも読んだ甲斐があったと感じた。
そんなスケールの大きい話をしておいて、終盤、日本の昔ながらの手仕事や「生き方の美学」みたいなものに目を向けていく。効率や成長を追いかけるうちに、私たちが後回しにしてきた感性や身体の感覚を、もう一度取り戻そうという話だ。
最初に出てきた冷たい「ただの統計機械」という見方が、ここで温かい質感に変わってくる。データだけでは人間の生き方は支えきれない。手ざわりや体験みたいな、生きているからこその感覚が戻ってきて初めて、次の景色が見えてくる。そんな危機感と希望が、本の底にずっと流れているように感じた。
良いことばかり書いてきたので、気になった点も正直に書いておく。話があまりに大きいぶん、ところどころで論理がぴょんと飛ぶ。そして「じゃあ具体的にどうすればいいの?」という処方箋は、ほとんど示されない。解決はだいたい次の世代に委ねられている。すぐ使えるノウハウや、はっきりした答えを求めて読むと、肩透かしを食らうかもしれない。
ただ、現在のAI界隈の話題やノウハウは全く普遍的なものではない。今日まではベストだと言われていたやり方が、別のAIベンダーのアップデートによって一気にオワコン化して、また次の月には新しくベストだったやり方が次のオワコンになるような生き馬の目を抜くような界隈だから、このような技術軸ではなく、思想軸でAIを読み解くアプローチはまさしく普遍的な拠り所になると感じた。
きれいに閉じた答えより、遠くまで跳んでいく考えのほうが、読んでいてずっと連れていかれる感じがした。
読み終わると、ニュースで流れる「生成AI」の四文字が、きっと少し前とは違って見えてくると思う。
そして私が今ぼんやり思うことは、「次に来そうな単語を統計で計算して並べているだけ」というのは、私たち人間のコミュニケーションも自覚していないだけであまり変わらないのではないか?という感覚。そんな問いを抱えながら、ゆっくり人類に想いを馳せるようになった。
生成AIを「便利か危険か」で語る話に飽きた人。技術の話のはずが、いつのまにか人間の話になっていく、あの感覚が好きな人。AIを通して、人間とか宗教とか生命とか、大きなことをぼんやり考えてみたい人。そういう人にこそ、この本は効いてくるはずだ。








