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2026.05.01

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7人に1人がIQ70~84の「境界知能」──困難に気づかれない人々の知られざるリアル

困難を見過ごされてしまう人たち

気づき、理解、共生について考えさせられる一冊だ。帯に「言語化が苦手」「段取りを覚えられない」「行動がワンテンポ遅い」「対人関係の距離感が極端」「金銭管理ができない」「ダマされやすい」といった事例が並んでいるが、あなたのまわりにも、そういう人がいないだろうか? これが「境界知能の人たち」の特質だ。ネガティブな特質ゆえに“これが「境界知能の人たち」の特質だ”などと言うこと自体が、安易なレッテル貼りに繋がるし、抵抗を感じる。しかし、いつも行動がワンテンポ遅い子どもにイライラするのではなく、「この子は自分がなぜそうなのか理解できていないし、どうすればいいのかも分からない状態かもしれない」という気づきを、本書は与えてくれる。

境界知能とはなにか?
境界知能は、知能検査の数値(いわゆるIQ)で、70から84の範囲にある状態のことをいいます。(図表1)知的障害と平均値のボーダーにあるということです。
この境界知能に該当する人は約1700万人、実に7人に1人もいる。さらに理解を難しくしているのが、境界知能とは診断名ではないこと。知的障害と診断されれば、配慮や支援が受けられるが、境界知能の人は配慮や支援から切り離され、学校や就労、社会生活において生きづらさを抱え続けていることが少なくない。
境界知能は気づかれないことも多く、周囲の無理解やいじめ、子ども本人の自己肯定感・自尊感情の低下、傷つきから、2次障害として、精神疾患、不適応、非行などの状況を呈してはじめて、医療や福祉、司法の現場で気づかれることもあります。
著者・古荘純一は青山学院大学教育人間科学部教育学科教授で、発達障害、トラウマケア、虐待、自己肯定感などの研究を続けながら、小児の心の病気から心理、支援まで幅広い見識をもつ小児精神科医。そんな著者でさえ、境界知能について調べ、さまざまな気づきを得たのは2020年のことだという。それほどに境界知能については見過ごされ、理解が進んでいない。著者は、子どものメンタル問題に「自尊感情の低さ」や「トラウマ体験の多さ」という視点で臨床研究を行ってきたが、これまで境界知能という視点が抜けていたことを認識し、今分かっていること、今できることを豊富な臨床例とともに解説している。そして医療や福祉の現場、なにより私たちひとりひとりへの理解を求めている。

白と黒ではなく、グラデーションの理解を

では、実際に境界知能の子どもや成人がどんな困難を抱えているか?
もし、あなたに子どもがいるなら、こう言うかもしれない。
「いや、子どもってそういうもんでしょ?」
「やる気がないだけ。やればできるんだから、ケツを叩いてでもやらせればいい」
「そういう特徴があっても、勉強やスポーツで頑張って自己形成していくもんじゃない?」
それは本当にそうなのか? そうであってほしいだけじゃないのか?
無理なのに「努力しろ」「反省しろ」と押し付けて、息もできない状況へ子どもを追いやっていないか?

境界知能といっても、それだけを切り離して考えられるものではなく、さまざまなケースがある。愛着障害*や発達障害、ADHD、学習障害が併存するケース。糖尿病など自分の身体慢性疾患を理解できず治療意欲も持てないケースや、50歳になって境界知能であることが分かったケース。そうした事例が数多く紹介されているのだが、どれも読んでいて胸が痛くなる。特に「こういう子ども、実はメチャクチャいるんじゃないか?」と思ったのが、この部分。
*愛着障害:乳幼児期に、母親や父親など特定の養育者との愛着形成がうまくいかず、情緒や対人関係に問題を抱えている状態。
勉強が苦手な子の中には、境界知能の子が多く含まれると考えられます。
しかし、支援級や通級を利用するには、知能検査の結果や医師の診断などがないと難しい状況です。またIQ検査を受けても70~84なら、そのまま通常級に在籍となるでしょう。
そうすると、一般に学校の授業についていけない、がんばってもできない、達成感・成功体験がほとんどないことの繰り返しで、勉強することやがんばることの意義を持てなくなるのかもしれません。
それだけでなく、周囲の子どもからいじめられたり、教師からは繰り返し学習するように課題を自宅に持ち帰らされたり、悪い評価を受けかねません。
本人にとっては、このような被害にあわないように、「成績は良くないが、ほかに問題のない子」として目立たないようにしたりわかったふりをしたりすることでその場をやり過ごすことが増えていきます。
こうした子どもたちの存在を認識し、さまざまな面で支援体制を整えること。「自己責任」という都合の良い言葉で切り捨てず、理解と配慮を社会に押し広げ、制度の見直し、受け皿の充実をはかることを急がないといけない。

本書では、外国での事例や具体的な提言まで述べられている。そしてなにより大切なのは、私たちひとりひとりが理解し、共生する意思を持つこと。本書の巻末には、極めてわかりやすい用語解説と、境界知能かどうかを考える所見リストが掲載されている。知らず知らずに子どもや、周囲の人をさらなる困難に追いやっていないか? これを読んで理解し、行動を起こすべきだ。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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