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2026.03.26

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この国の犯罪社会の絶望的現実──暴力団衰退の裏で何が起きているのか

暴力団の息の根を止めた暴排条例

暴力団は、非常に特殊な組織犯罪集団だ。
団体名を名乗り、首脳の名前や経歴を明らかにし、メンバーを明かし、本部がどこにあるのか明示しているような犯罪集団は世界広しといえど、日本の暴力団だけだろう。警察が呼び出せば出頭するし、少し前までは殺人を犯せば最寄りの警察署に自首して出た。
先日、匿流(トクリュウ)スカウト集団「ナチュラル」のトップが逮捕されたが、その人物像や組織の全体像が徹底して秘匿されていたことを考えると、その特殊性は際立っている。社会になじまない無法者の受け皿とか、警察が介入できない事象を解決する仲介者として認知されていた暴力団だが、あらためて「やくざは本当に『必要悪』だったのか」と問われて、「まぁ、そういう部分もあるよね」みたいな“ぬるい”内容を、この本に求めてはならない。著者の溝口敦氏は暴力団を追い続け、危険な目に遭いながら数々のベストセラーを出してきた気骨のジャーナリストである。きれいごとを排し、事象を事細かに綴り、社会全体を俯瞰しながら問題の核心を突く。その視点に「必要悪」などという“おめこぼし”は入っていない。

そして今、暴力団が消滅しようとしている。
暴力団の衰退は統計的にも明らかである。初めて東京オリンピックが開かれた一九六四年の前年、六三年(昭和三八年)が暴力団勢力のピークだった。全国の暴力団は五二〇〇団体、構成員一八万四〇〇〇人を数えた。
これ以降、年々暴力団は勢力を減らしていき、二〇二四年(令和六年)にはこれまでの最少となった。構成員はわずか九九〇〇人、準構成員八九〇〇人、合計一万八八〇〇人にすぎなくなった(「警察白書』令和六年版)。
わずか10分の1である。もはやヤクザが元気なのは、物語の中だけ。「禁断の恋」や「溺愛ヤクザ」といったキーワードがあふれる恋愛漫画が流行っているが、そこに登場するヤクザはエルフや魔法使いくらいファンタジーな存在だ。なぜここまで衰退するに至ったか。それは暴排条例(暴力団排除条例)によるところが大きい。この条例が暴力団vs.警察という構図を、暴力団vs.市民に変えた。なかでも暴力団への「利益供与の禁止」が効いた。地域に根ざし「カスリを取る」方式でシノギ(利益)を得ていたものが、ほぼ絶たれたのだ。

90年代から今も続く「龍が如く」という人気ゲームシリーズがある。伝説の極道・桐生一馬が活躍するアクションアドベンチャーゲームだ。そのシリーズ7作目の物語では、ヤクザに食わせない、稼がせない、居住させないという警察の「神室町3K作戦」が実行される。これで関東最大の極道組織「東城会」は崩壊し、構成員を正業に就かせるため“極道大解散”が行われ、警備会社が設立される(が、シリーズ8作目でそれも失敗したことがわかる)。この物語は、実際の暴排条例がもたらしたことと符合する。組を抜けても再就職率は志望者の2%。再就職できなければ「元暴五年条項」により、暴力団員でなくても5年間は組員扱いで銀行口座も持てない。生活保護も受けられない。機能するセーフティネットは刑務所に入ることしかない……。現状、暴力団員に基本的人権はない。

暴力団組織の腐敗

ここまでは、知っている人は知っている状況だ。本書では反対側のもう一面、暴力団側がどういう問題を抱えているのかが詳細に解説される。賭博、管理売春、総会屋、パチンコといったシノギがなくなるなかで、特殊詐欺、投資詐欺、危険ドラッグ、金の密輸など新しいシノギは、新興の半グレや匿流が担った(ちなみに構成員が詐欺に関わると「使用者責任」を問われ、組長が損害賠償責任を負うリスクがあるため、ご法度である)。

新しいシノギを創出できない一方で、組織は下から上へお金を吸い上げ続ける。山口組では「月会費」の名目で直系組長から一人当たり100万円前後を収めさせ、本部に毎月約7000万円を集金。このうち3000万円が組長に渡っているという。月会費以外にも、中元や歳暮などさまざまな形で金は吸い上げられ、下部組織は疲弊し貧困化している。そんな組織に、新たな人材が入ってくるわけがない。よって構成員の高齢化が進む。山口組は10年前から分裂、抗争を繰り返したが状況は変わらず、甘い汁を吸わんとする上層部の主導権争いを繰り返しているという。
山口組に対して醒めた気分は避けようがなく、山口組の組員数は引きつづき、これからも減少し続けて行く。なにしろ山口組は構造不況業種なのだ。プラス要因はどこにもない。
これではまるで弱体化する日本企業や、日本の政治や社会そのものではないか。

もはややくざは「必要悪」以前に、必要とされず、内部崩壊をきたしている。
もうまもなく暴力団は消えるだろう。
残るのは正業を持たない(持てない)、元ヤクザの老人だ。
どう考えても扱いにくそうな、そんな老人のセーフティネットについて本気で考える時がもう来ている。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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