アレルギーの見え方が変わる
ブルーバックスの『アレルギーの科学』は、そうした過度な思い込みを解きほぐして、うまく向き合うことを教えてくれる本だ。アトピー性皮膚炎、喘息、花粉症、アレルギー性結膜炎に、蕁麻疹やアナフィラキシー。多くの人にとって、どれか一つくらいは「私の疾患」なのではないだろうか(私は全部です!)。ありとあらゆるアレルギーが科学的に解説されている。アレルギーとは何か、なぜ起こるのか、どんな種類があって、予防や治療はどうするのか。目次を眺めるだけでアレルギーの幅広さに驚くはずだ。しかも舞台はゲノムから細胞、そして社会全体まで広がる。
その広い世界を解説するのは、日本のアレルギー研究の最前線で活動する医師や研究者たち。そう、本書の執筆陣はなんと総勢19名もいらっしゃる! 基礎研究から治療まで、さまざまな立場のスペシャリストがそれぞれの視点から「現在地」を示す、アベンジャーズのような本なのだ。
たとえばアトピー性皮膚炎。
アトピー性皮膚炎のような疾患は、特定のアレルゲンに対する免疫応答(獲得免疫)と、そうでない免疫応答(自然免疫)の両方が関与しているといえます。(中略)いずれにしても、臨床の現場では、特定のアレルゲンのみに注目して、こうした他の要因を見落としてはいけないのです
単に「肌が弱い」や「体質だから」と片づけるのではなく、なぜ皮膚が弱くなり、なぜ免疫が暴走し、なぜ痒くなるのか——その裏にある仕組みを知ることで、アトピー性皮膚炎という病気の見え方も大きく変わってきます。そして、それぞれの仕組みに対応した治療法も、今まさに進化し続けているのです。
正しい情報に触れて、「今わかっていること」と「まだわからないこと」を腑分けするのは、たくさんのアレルギーと共に生きる私たちにとって、とても大切なことだと思う。そして20年前と今とが大きく違うことがわかれば、これからの20年への希望が湧く。
正しい情報といえば、本書で紹介されているアレルギーポータル(https://allergyportal.jp/)は多くの方にご覧いただきたい。特に災害時のアレルギー対応は、当事者も周りの人も必読だ。
アレルギー反応は寄生虫への反応と似ている?
本書の前半は、アレルギーとはそもそも何で、どういう仕組みなのかがテーマだ。アレルギー診断を受けたことのある人なら「IgE抗体」という文字に見覚えがあるはずだ。あのIgE抗体が細胞の中でどんなふうに生まれ、何をしているのかが人間の免疫システムのしくみとともに解説される。
アレルギー診断の結果でIgE抗体の数値がグンと高いと落ち込むが、ただ「ダメなヤツ」でもないのがよくわかる。本来は、体を守るための仕事をしているのだ。
本書によると、私たちの免疫が戦う相手(外敵)は、ウイルス、細菌、寄生虫の三種で、免疫は戦う相手ごとに戦法を変えている。対・寄生虫戦の場合はというと、
このような大きな相手は、細胞に食べさせて処理するわけにもいきません。“爆弾”のようなもので攻撃したり、囲い込んだり、なんとか追い出したりすることが目標になります。その際に活躍するのが、細胞の中に外敵をやっつけるための酵素や化学伝達物質をたくさん内包している「顆粒」を持つ免疫細胞、つまり好酸球や好塩基球、マスト細胞などです。(中略)体に寄生虫が侵入すると、粘液をたくさん出したり、腸の動きを活発にしたりして、物理的に押し出そうとする仕組みも働きます。
気管支喘息で出現する症状、咳嗽(=咳)や痰、気道の収縮はどうでしょうか。咳嗽も外敵を外に追い出すために行われる症状であり、痰は外敵を止める、追い出すこと、気道の収縮は新たに入ってくることを防ぐ作用があります。
(中略)
これらの症状は寄生虫から身を守るという点においては非常に合理的な症状ですが、本来、無害である花粉のようなアレルゲンに対しても同様の症状が出てしまうとなれば、有益性よりも不利益の方が大きくなってしまいます。
GWAS(ジーバス)と呼ばれるゲノムワイド関連解析に基づいた遺伝要因や、大気汚染や交差といった環境要因の解説を読めば読むほど、アレルギーの「安易な犯人さがし」をするのはやめよう、用心深く、うまく生きていこうという気になる。
なお、GWASは本書の後半でもたびたび登場する。アレルギー治療の最前線で活用されているのだ。なので、自分と関わりのあるアレルギー症状の章から読むのもいいが、個人的には最初から少しずつ読んでアレルギーのことを学ぶといいと思う。
そして「清潔すぎるからアレルギーが増えているのだ」という話をよく耳にするが、その背景についてもさまざまな仮説が示される。特に興味深かったのは「上皮バリア仮説」だ。体を守る最前線にいる上皮細胞と免疫の関わり、そして界面活性剤によるバリア機能の低下とアレルギー疾患の関連についての可能性があるのだという。とはいえ、ここでも界面活性剤などを極端に「怖い!」と避けることなく、落ち着いて生活していこうと思える。本書はどこを読んでも科学的だが、患者やその家族へのメッセージがさりげなく込められているところが私はとても好きだ。
この中で、食物アレルギーについてなるほどなあと思ったことを最後に紹介したい。
グレーゾーンを落ち着いて進む
ただ、どれだけ記録をしっかりと取り、考えられる検査などを行っても、医療の現場では、原因食物が明らかでない、あるいは、ある程度は推測できるが確定診断に至らない「グレーゾーン」の症例が少なくありません。このような状況では、医師も患者も「確実な答え」は持ち合わせておらず、選択肢とリスク、そして生活の質(QOL)をすり合わせながら慎重に対応方針を立てていく必要があります。
「健康の維持」というゴールに向かって「『安全に通れる道』と『通ってはいけない道』をできるだけ白黒色分けした地図を必死に作成する」よりも「安全運転の方法を修練する」ほうがより重要です。(中略)「以前は通れた道だったが今回は通れなかった」なんていうこともあります。交通ルールを理解して(アレルギー症状とは何かを知る)、大丈夫そうであれば徐行運転で通ってみたり、逆に怪しいと思ったらしっかり停止したりすることが最も重要です。そして、万一事故が起きてしまった際のためのエアバッグ(エピペン®*)を備えましょう。そのようにして、グレーゾーンだらけであった地図が、だんだんと白黒に置き換わっていき、徐々にリスクが減って行動範囲(食べられるもの)が広がっていくということもよくあるのです。
*アドレナリン自己注射液








