時間というものは一方通行です。常に現在から未来へと向かっていて、逆に向かうことはありません。しかし、人間は心の中で過去、現在、未来と自由に行き来ができます。時間だけでなく場所も、例えば日本を飛び出して世界中へ、宇宙までへも瞬間移動することだってできるのです。どうやら、これは人間という動物の脳がなせる技らしいのです。
本書は、このような意識と無意識のあいだでさまよう脳の働きを、世界的に有名な心理学者である筆者が、具体的な例を交えながら解説しています。
本書では、意識がさまよう仕組みや脳の進化の過程、人間特有の脳の働きのほか、人間の創造性はどのようにして生まれるのかなど、脳とその働きについて幅広く 触れています。さまざまな実例が紹介されていますが、例えばサヴァン症候群で映画「レインマン」のモデルとなったキム・ピークや、ヒラリー・クリントン、 ロナルド・レーガンといった著名人たちのエピソードなど、とても興味深く読めます。
文中には“マインドワンダリング”、“メンタルタイムトラベル”、“デフォルトモードネットワーク”というキーワードがたびたび出てきます。これらは今、脳科学や心理学の世界では注目を浴びている言葉でもあります。冒頭の話もこれらの一例です。
考えごとをしているとき、いつの間にか意識が違う方向へとさまよっていることが誰しもあるでしょう。このような現象を“マインドワンダリング”と呼びます。しかしそれは悪いことではなく、他者の心を理解したり、創造性やひらめきのために重要な役割を果たしているのだそうです。
私たちの経験した記憶の多くは、時間とともに忘れられていきます。人間の脳は無意識のうちに記憶を整理し、それらを基にして未来を思い描くことができます。これも“マインドワンダリング”によるものです。
また、心の中で過去から未来へと自由に行き来することを“メンタルタイムトラベル”、ボーッとしていると思われる間も常に脳のある領域が活発に動いている状態を“デフォルトモードネットワーク”と呼んでいます。
脳は自分の経験による多くの記憶を忘却しながらも過去の記憶を蓄積し、それらを元にして、来たるべき未来を予想するために常に動き続けているというのです。また、これまでボーッとしているときに脳は休んでいると考えられていましたが、人間の意識と無意識のあいだに境界線はなく、一見、無駄な時間とも思える「さまよっている」時間の方が、脳が活発に動いているのだそうです。さまよっている状態、つまり「思考の寄り道」こそが創造性を生むというのですから、これからは積極的に意識をさまよわせてみてはいかがでしょう。
私たちはボーッとしていることを「何も考えていないこと」と考えています。また、ボーッとしているのは時間の無駄だとか良くないことであるとも考えますが、実はそういう時間こそが大切なのですね。せわしなく働いているときに「何も考えずにぼんやりしたい」なんて思うのも、実は創造性を高めたいという脳からのメッセージかもしれません。
レビュアー
大学卒業後、アパレル業界にて約20年、洋品小物や洋服の企画に携わり、リーフレット、カタログの記事なども手掛ける。
明治大学女性のためのスマートキャリアプログラムを履修、マーケティング・行動心理学などの学びを通して聴くこと、書くこと、伝えることに興味を持ち、フリーのライターとして活動中。
近況実績:ライフスタイル情報サイト、ファッション情報サイトの取材、地方で活躍する作家さんへのインタビュー取材など
記事URL: https://aeru.town/article/222