本書の著者 島地勝彦をご存じだろうか?
天皇陛下以外であれば、ほとんどの有名人に電話一本で会えると豪語し、NHKのノンフィクションドラマ「全身編集長」~文豪から学ぶオトコの生き方~の主人公として、その生き様を惜しみなく晒(さら)したこともある週刊プレイボーイの元敏腕編集長である。また、今74歳にしていまだ現役の編集者として、またエッセイストとして、人生の真夏日をおくり続けている。出版業界が生んだ怪物と言ってもいい人物である。
もしご存じないのであれば、『現代ビジネス』のWEBコラム〝Nespresso Break Time @Cafe de Shimaji(http://gendai.ismedia.jp/category/nespresso)〟を、今すぐにでもお読みいただきたい。60代で大腸がん手術、心臓冠動脈バイパス手術と立て続けに手術を行い、一度は死の淵に立ちながら、74歳になってなお今も精力的に活躍する島地勝彦氏のその姿を垣間見ることができるだろう。
本書においては、島地勝彦が、文壇からは柴田錬三郎、今東光、開高健、塩野七生、政界からは田中角栄、早坂茂三、小沢一郎、実業界からは佐世保重工業元社長 坪内寿夫、資生堂名誉会長 福原義春、東京スポーツ会長 太刀川恒夫、電通顧問 高橋治之、プロスポーツ界からは青木功、美術界からは横尾忠則といった名だたる大物たちと如何にして知己を得て、えこひいきしてもらったのか、その奥義をエスプリの効いたユーモア溢れる軽快な文章で我々は知ることができるのだ。なんと幸せなことであろうか。
しかしである。
その秘伝とも言える奥義は、あまりに単純明快が故に通り一遍に読んでみただけでは、単なる娯楽書籍にしかならず、言わんとする本当のところを理解することはできない。ましてや実行することなど夢のまた夢である。島地は読者にある種のトリックを仕掛けながら書いているのであろう。ことあることにこのキーワードを使う。
「上質な脳みそに裏打ちされたえこひいき」
この言葉の意味するところを、上述した著名人たちとの駆け引きの中から僕なりに読み解いてみたので、本書を読む参考にしていただければと思う。
一つに、超一流の人物だけに的を絞ること。
二流、三流の人物に数を当てても、そこから得られる成果は少ない。島地が塩野七生女史に『痛快!ローマ学』を執筆させることが出来たのも、日本が誇る文豪 開高健の知己を得ていたことが大きくモノを言っている。開高健と親しかったことで、塩野七生女史に島地勝彦という人間への興味を抱かせたのだ。水は高いところから低いところにしか流れない。水を低いところから高いところに上げるには相当の労力を要するのが世の常である。時間を掛けてでも最初から超一流を求め、そこからまた超一流に繋げていくことこそ、島地が最も言わんとするところではないだろうか。
二つに、的を絞った超一流の人物を徹底的に調査すること。
もちろん超一流と言われる人物に的を絞ったからといって簡単に会えるものではない。但し、超一流と呼ばれる人物に関しては、たくさんの情報をあらかじめ掴むことができるという利点がある。例えば自動車会社の部課長レベルの個人的な情報を調べることは難しいが、社長の情報であれば少しネットで検索しただけでも相当量の情報を得ることができる。その点においても超一流の人物に的を絞ることが如何に有益なことであるかが分かるだろう。さらに相手の著書やブログ等があればすべて目を通し、さらに尊敬している人物がいれば調べ上げ、好きな著者や著書があればすべて読了し、その人物と対等以上の知識を頭に叩き込んでおくのだ。さすれば島地のように簡単にアポが取れるだけの熱い思いのたけを綴った手紙が書けるのではないだろうか。
三つに、30分で相手に胸襟を開かせること。
初めての会見では、言い古された言葉であるが、初めからビジネスを売ろうとするのではなく、まずは相手に誠意や共感を感じてもらうことだ。高等なテクニックであるように思えるが、事前調査から得られた相手の最も興味ある事項を話の糸口にすればいいだけである。さらに洞察力を磨いて、相手のスーツ、靴、ネクタイ、ワイシャツ、名刺入れ、手帳、ペン、絵画などから、島地がよく使うところの「連想飛躍」をさせることで、満開の桜が咲いたような心地の良い会話が出来れば申し分ない。孫子の兵法の言葉を借りれば「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」。あとはビジネスに関する思いのたけをぶつけるだけでいいのだ。
これらの人間対人間の濃厚で頭を使った駆け引きこそが、島地の言う「上質な脳みそに裏打ちされたえこひいき」なのではないだろうか。
レビュアー
1965年、三重県生まれ。小池一夫、堤尭、島地勝彦、伊集院静ら作家の才気と男気をこよなく愛する一読書家です。
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