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2025.01.24

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名作に描かれた「脳」は実現するか? SF脳の可能性とリアル脳の本質を検証!

数々の名作が描く「SF脳」に現実はどこまで近づいているのか

本書は科学と空想を織り交ぜた、いわば脳についての思考実験といった趣きで書かれているが、「SFに描かれた脳」と比較して「リアルな脳」では、どこまでが可能で、どこから不可能なのかを知ることで、現在の科学で理解されている脳の特性を知ることができるよう構成したつもりである。また、世の中に広まっている脳についての誤解や、いわゆる「都市伝説」を払拭する一助ともなることを期待している。
また、神経科学の分野では、動物の脳の特定の機能をもつ領域を操作する実験が、日常的に行われている。「生物の進化が起こるのは100万年単位」と最初に述べたが、こうした技術を人間の脳に応用して、脳を「人工進化」させることはすでに視野に入ってきている。では、私たちはこれから、脳をどのような方向に「進化」させればいいのか。本書が、そんな未来の可能性について考えるための手がかりにもなればと願っている。
数年前まで講談社のAIコミュニケーション・ロボット『ATOM』に関わっていた身からしても、直近の数年間におけるAIの進化はまさに目を見張るものがある。

ChatGPTの例を挙げるまでもなく、当時は最先端の用語に近かった「ディープラーニング」はすでに一般でも通用する常識的な用語となり、画像認識の精度も飛躍的に向上。かつては既存のシナリオを状況に応じて選択して呼び出すだけで「AIによる会話」と呼ばれていたものが、今やかなりの精度で適切な回答を自ら作り出すことができるようになっている。AIはようやく「人工知能」という呼び名に恥じないレベルにまで達しており、世界は、私たち昭和世代が子どものころに想像していた未来像に少しずつ近づいていると言える。
 
古くは『火の鳥 未来編』(手塚治虫)や『バビル二世』(横山光輝)に登場した人工知能、90年代SF漫画の金字塔『攻殻機動隊』(士郎正宗)の世界観を形作る「義体化」と呼ばれるサイボーグ技術や、電子デバイスを脳に埋め込む「電脳化」、『からくりサーカス』(藤田和日郎)の中で取り上げられた「記憶および人格の転送」など。漫画の世界に限定しても、数多の作家が想像力を発揮して、さまざまな「人工知能とそれが活用される(それに支配される)世界」、あるいは「人間の脳に対する外部的アプローチ」を生み出し続けてきた。小説や映画などまで含めると、その例はまさに枚挙にいとまもない。

本書はそれら「SFに描かれた脳」と比較して「リアルな脳」ではどこまでが可能で、どこからが不可能なのか、また過去の名作に登場した「SF脳」が、現代ではどこまで現実に近づいているのかなどを、最先端の知見をもとに解説した1冊である。
著者の櫻井武氏は、現在筑波大学医学医療系および国際統合睡眠医科学研究機構教授を務める医師・医学博士であり、人工冬眠の研究で世界の先端を行く神経科学の第一人者でもある。

なにより、章ごとのテーマ立てが面白い。第1章の「サイボーグは『超人』になれるか」に始まり、第2章「脳は電子デバイスと融合できるか」、第3章「意識はデータ化できるか」、第5章「記憶は書き換えられるか」など。そして最終第9章は、誰もが一度は考えたことがあるだろう「AIは『こころ』をもつのか」。
それぞれモチーフとなっているSF作品を取り上げながら、著者自身による最新の知見をもとにした分析および解説が展開されている。なによりこの章タイトルを見た瞬間に、モチーフとなっているSF作品が複数パッと浮かぶほどなじみ深い「SF脳」のテーマだけに、自然と興味をそそられる。

脳についての幻想や「都市伝説」も吹き飛ばす1冊

生物は他の物質とは異なる特別なものだと信じている人も多いと思うが、実際には生体もまた物質であり、脳ももちろん物質である。どうして「物質」である脳から「意識」というものが生じるのか、ということについては、「心身問題」(mind-body problem)といわれて、古来、多くの哲学者によって論じられてきた。比較的最近にも、オーストラリアの哲学者デイヴィド・チャーマーズによって「意識のハード・プロブレム」という問題が提起されている。これは物質および電気的・化学的反応の集合体である脳から、どのようにして主観的な意識体験というものが生まれるのか、という問題であり、これからの科学が正面から立ち向かわなければならないものとされている。
脳も身体も単なる物質の一つであり、脳や内蔵、体の各部が絶え間なく行っている活動もあくまで「寸断なき超高速の情報処理」に過ぎない。つい忘れがちなこの事実に気づかされたとき、なぜか頭に浮かんだのは、SF脳とは少し違うかもしれないが「人とはなにか」「世界とはなにか」を考えさせてくれる名作漫画『寄生獣』(岩明均)だった。

第6章「脳にとって時間とはなにか」の項目では「ラプラスの悪魔」や「シュレディンガーの猫」の例を出しつつ「未来はすべて決まっているか」などについて解説。「物事は観測されるまで決定されない」という量子力学の考え方に基づく考察を展開している。非常に多くのSF作品で取り上げられている「時間旅行」(タイムトラベル)に関しても、「世界は意識が作り上げたヴァーチャルなものである」という認識の下、その可能性を探っている。これを読んでいると、直近でノーベル賞を受賞して話題となった量子物理学分野の最新研究「量子ゆらぎ」の、あまりに難解ながら興味深い世界観も頭に浮かんだ。

また、第7章「脳に未知の潜在能力はあるのか」では、誰もが聞いたことがあり、未だに根深い「脳の10%神話」について「科学的に完全に否定されている」と解説。脳に対するありがちな誤解や都市伝説を払拭する章となっている。一流アスリートの言葉でよく話題になる「ゾーンに入る」という言葉についても、そのメカニズムが解説されている。
 
全体的には「SF脳とリアル脳」というタイトル通りの内容ながら、取り扱われているSF作品やSF的テーマがあまりに幅広く、勝手に自分の中でさまざまな思考が繋がっていく。久々に貴重な読書体験を与えてくれた1冊だった。 

レビュアー

奥津圭介

編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。

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