レシピ本にも書いていない「料理の超基礎」
この「ちょっとマズイ」というのがポイントで、私の料理は「すごくマズイ」わけじゃないし、いいところもあると自負しているけれど、決め手に欠けるボンヤリとした料理を作ってしまったことが、過去何度もある。
しかもマニアックまたはアバンギャルドな料理とかじゃなくて、なんでもない日に食べたくなるような、いうならば普段着のごはん。それが「ちょっとマズイ」とじんわり落ち込む。そして鬼門扱いして作らなくなってしまう。
私の場合それは「生野菜のサラダ」だ。とくにレタスやベビーリーフのサラダが苦手。お店ではモリモリ食べるのに、どうも自分の家の食卓ではお箸が進まない。最近やっと「得意なレタスのサラダ」をマスターしたけれど、それは朝採れの素晴らしいレタスが手に入ったときにだけ作れるもので、世の中そんなに朝採れのレタスで溢れかえっているわけじゃないだろうに、おいしいレタスサラダはたくさんある。つじつまが合わない。
だからこの本の冒頭を読んで「私のことだ」とのけ反ってしまった。
そう、野菜を洗うということは、繊細で奥が深い行為だったのだ。著者で料理研究家の小田真規子先生は、野菜の洗い方の仕組みについて対話形式でこんなふうに説く。小田先生に教わるのは、お料理に悩む一般人代表である編集者のオギさん。
小田先生:野菜を元気にするには「きちんと洗うこと」が大切なんです。(中略)切り花を元気にするために、茎の先端を少しカットして水を全体にいきわたりやすくさせる「水揚げ」という方法がありますよね。考え方はそれと同じです。
オギ:野菜も水揚げが必要ってことですか?
小田先生:どんな野菜も本当はおいしいのに、収穫するとすぐに乾燥が始まり、環境や温度の変化、含まれている酵素の働きで葉の状態も味も変わっていきます。だから、買ってきた野菜を収穫した直後のような「みずみずしくておいしい状態」によみがえらせるには、水につけて細胞に水分をいきわたらせることが重要なの。
この本は、いの一番に、なぜ野菜の洗い方が大切なのかをわかりやすい言葉で優しく教えてくれる。普通だったら「そんなの常識でしょ?」とすっ飛ばされる話かもしれない。でも正直に打ち明けると私は野菜の洗い方を知らなかったばかりに生野菜のサラダで連戦連敗し、本当に家で作らなくなっていた。ドレッシングの配合よりも先にきちんと覚えるべきことがあったのに、私は知らなかった。
ということでオギさんに続いて私も実際に試してみた。本当においしい。レタスを水にさらしているあいだに厚切りのハムでもじっくり焼けばいいのだ。
本書はこのあと「野菜の水切り」やサラダの味つけの「順番」なども丁寧に教えてくれる。読むだけで「ああおいしそう」と思うはずだ。
その「1分」に意味がある!
たとえばこんなコラムに思わずうなってしまう。題名は「フライパン、ちゃんと熱してる?」だ。
オギ:先生のレシピにはよく「フライパンを1分熱する」と書いてありますよね。
小田先生:そうですね。基本中の基本です。
オギ:実は……いつも、油を入れたら10秒くらい熱するだけで、すぐ具材を入れてしまっていました。1分って結構長いから待てなくて。
小田先生:そうなの!?
オギ:フッ素樹脂加工のフライパンは、具材がくっつかないからいいかな~なんて(笑)。
小田先生:(中略)しっかり熱しないと油がフライパン全体に広がらず、温度ムラができやすくなってしまうんです。(中略)
フライパンの温度が上がり、油がサラサラになるのに必要な時間がだいたい1分〜1分半。油は温度が高くなると粘度が下がり、フライパンによくなじんで全体をムラなく適温にしてくれます。また、具材にも油がよりからみやすくなります。
みずみずしいサラダに、均整のとれた肉じゃが。それからパラッとしたチャーハンに、なめらかな豚しゃぶ。そんな料理を自分でサラッと作って、おいしく食べられたら毎日どんなに愉快だろう。それに、ちょっと失敗しちゃったときの鉄板のリカバリー法を知っていたら! そんなあれこれを、小田先生とオギさんの対話で優しく学べる。
自分で作った料理を一口食べて「ちょっとマズイ」と自分で思うことほど、むなしくてさみしいことはない。でもその「ちょっとマズイ」から抜け出す方法は必ずあるのだ。自己流で省いていたところを落ち着いて見直せば、うんとおいしくなるはず。料理に対する意識がスッと変わって台所がますます好きになる本だ。