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2015.08.05

レビュー

冒険小説、ミステリー小説、歴史小説のような楽しみがある「宝探し」ルポルタージュ

本書『ナチスの財宝』の冒頭は、1枚の絵画取引の場面から始まります。
その絵は、「琥珀(こはく)の間」に飾られていたモザイク画。「琥珀の間」はその名の通り琥珀で覆われた部屋のことで、18世紀にドイツで原型が作られ、ロシアに寄贈され、第二次世界大戦の折、ドイツがソ連に進軍し、細かく分けて持ち帰ったものです。
「琥珀の間」は、終戦間際に英国軍の爆撃によって燃えてしまった、というのが公式見解とされていますが、実は空襲を察知したドイツ軍が、「琥珀の間」の装飾品などと一緒に運び出して、どこかに隠したのではないか、とも言われています。

ナチスが略奪した「琥珀の間」が、実はいまもどこかに存在している──。

本書の著者で、毎日新聞社のベルリン特派員だった篠田航一さんによると、ドイツにおける「琥珀の間」の財宝伝説は、日本の「徳川埋蔵金」に匹敵するほどの知名度があるそうです。しかし知名度のスケールは同じでも、「琥珀の間」に代表されるナチスの財宝伝説と、「徳川埋蔵金」との間には明確な違いがあります。
ナチスの財宝は、すべてではないにしても、実際に見つかっているのです。

本書冒頭の絵画取引が行われたのは、1997年5月13日。
「琥珀の間」の財宝らしいこの絵は、事実、「本物」でした。
この本にはそれ以外にも、かつて各地でナチスが略奪した財宝の数々が、いまはどこそこに隠されているというエピソードがたくさん出てくるのです。
炭鉱に運び込まれた「何か」。
コルシカ島の沖合に沈められたロンメル将軍の財宝。
ナチスの高官、エーリヒ・コッホの美術品コレクションなどなど……。
それらを含むおよそ六十万点もの財宝のうち、10万点ほどが未だに発見されていないそうです。

登場人物たちも実に個性的です。
ヒトラーをはじめとするナチス軍人はもちろん、財宝を本気で探していた東ドイツの秘密警察シュタージ。元刑事に、政治家。ナチス戦犯の逃亡支援を行っていたと言われる謎の組織オデッサ。そして、宝を追い求める民間のトレジャーハンターたち。
そのトレジャーハンターの中には不可解な死を遂げた者がいるなど……本書はまるで冒険小説やミステリー小説のようにも読めるのです。
しかし、だからこそ、そうした娯楽要素と、その合間にときどき出てくるユダヤ人虐殺などの残酷な話とのギャップに、胸が押し潰されそうにもなりました。

自らの過去を悔い、涙を見せたナチスの残党。アウシュビッツ強制収容所跡地でガイドをしている男性の「ミニ演説」など、ただ面白いだけではありませんでした。冒険小説的ルポルタージュによる幸福な読書時間に加え、かつての戦争がもたらした悲惨な出来事について少しでも思案するきっかけをくれたこと。
「琥珀の間」も「徳川の埋蔵金」も未だに発見されていません。けれど、僕はこの本を読んだことで、そんな「お宝」よりももっと大切なものを──平和が当たり前だと思い込んでいる国で暮らしていると忘れてしまいがちな悲しい歴史の側面を──再発見できたのだと思っています。

レビュアー

赤星秀一

小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。

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