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2014.09.01

レビュー

裏仕事、そこでしかはらせない恨みを持つのもまた人間の性……

池波正太郎さんの人気シリーズのひとつ。「藤枝梅安」を主人公とする物語である。仕掛人とは、金ずくで暗殺を引き受ける闇の職業。
その報酬はこの世界ではトップクラス。ただ梅安の場合、暗殺を引き受けるといっても、ゴルゴ13のように「ギャラさえもらえば対象は問わず」ではなく、相手は「生きていては世のためにならぬ者」に限られている。
梅安がこの道に踏み込んだのは、女のためであった。彼は幼いころに、他に男をつくった母親に捨てられる。その後も、夫がいる女と姦通し、裏切られたことをきっかけにして、暗殺者へと転落して行くことになった。

表の顔は人を救う医師。彼が仕掛けのために自宅を空けると、百姓や職人、商売人など多くの患者がたちまちに困る。医師としての梅安は、それだけ人から頼りにされている存在である。
一方、仕掛人としても超一流で、暗黒街の顔役は「この仕事は梅安さんにしか頼めない」と、困難な仕掛けほど彼に引き受けてもらおうとする。
人を救い、人を殺める。梅安の人生は、言い様のない矛盾に彩られているが、しかしそもそも人間という生き物自体が矛盾した存在なのであり、梅安はその意味では異端ではない。ただ、彼の人生はその矛盾をもっとも極端に表現しているだけなのだ。

だが、さすがの彼にもその矛盾は重く、時には彼が信頼し、「仕掛け」をともにすることが多い彦次郎に「俺はもうそろそろ、あの世に行ってもいい」と漏らす。梅安と同じく壮絶な過去を持つ彦次郎も「わかる、わかるよ。梅安さん」と応えるのだった。

組織人だった『鬼平犯科帳』や、悠々自適の『剣客商売』とはまた違って、江戸を舞台としたロマンノワール。暗い魅力の中に人の真実が感じられて、惹かれます。

レビュアー

堀田純司

1969年、大阪府生まれ。作家。著書に『萌え萌えジャパン』『人とロボットの秘密』『スゴい雑誌』『僕とツンデレとハイデガー』『オッサンフォー』など。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。現在「ITmediaニュース」「講談社BOX-AiR」でコラムを、一迅社「Comic Rex」で漫画原作(早茅野うるて名義/『リア充なんか怖くない』漫画・六堂秀哉)を連載中(近日単行本刊行)。

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