毒舌タレントという人たちが数多くいますが、そのほとんどはただ口が悪いだけだったり、他人の悪口を言っているだけのように思います。おもしろいのも最初だけで、次第に自分を棚に上げたり、何かで自分をまずエクスキューズしておいて言っているように見えはじめ、いささかげんなりしたり、また同じ話をしているなあとこちらは飽きてきたりもします。
このマムちゃん(毒蝮三太夫)はそのような毒舌タレントという人たちとは一味も二味も違うように感じていましたが、その理由がこの本を読んでよくわかりました。マムちゃんも同じ話をしているようなのに他の毒舌タレントという人たちとは全然印象が違います。自分でも毒舌ではなく、得舌だと語っていますがなるほどそうかもしれないと納得もします。
どこが違うのでしょうか。
マムちゃんがいつも心がけているのが「快適空間」ということだそうです。45年以上にわたって続けているラジオでのお年寄りとのやりとりの中でマムちゃんが作り上げたのがこの「快適空間」と名付けたものです。そしてこの「快適空間」を共にしたお年寄りにとってこの空間がなによりも心地良く感じられるからこそ長く番組を続けられ、人を引きつけてやまないのでしょう。この本でマムちゃんは「快適空間」がどのようにして生まれてきたのかをラジオ番組の成り立ちやそこでの体験を思い返し、語っています。
空間は、あたりまえですが相手がいなければ存在しません。そしてそこに欠かせないのが対話という言葉の細やかさ、密度とでもいったものなのです。たとえば必ず相手を名前で呼ぶとか、また「お年寄りが今の豊かな日本を作ったと本気で信じる」ところから生まれるものなのです。これは芸だけで作り上げることはできないものだと思います。まさしくマムちゃんの人柄、人間性が醸し出すものでなかなか他の人がまねできるものではないように思います。
この空間が毒舌を得舌へと化学変化させるものなのです。毒舌のきっかけとなった「ババア発言」放送。その後には抗議もきましたが好意の反応も多かったそうです。さらにそれ以後、お年寄りが増えるようになったという逸話からその化学変化の様子が窺えるようでとても興味深く読みました。この時「快適空間」への途がひらかれたのです。
マムちゃんの長いお年寄りとのつきあい方、それは同時に、私たちに介護とはどのようなものであるのかということをも語っています、お得意の毒舌まじりで。笑わせながらも介護に通じるお年寄りとの接し方を実技で教えているようにも思えるのです。現在、大学で介護の講義をしているだけあります。
「ことばで介護」と」題されていますがこの「快適空間」は介護、お年寄りだけでなく普遍的なもののように思えます。でも、それを身につけるにはこの本に書かれている事柄を覚えるだけではダメだと思います。やはりマムちゃんの人柄、人間性が醸し出すものでもあるからです。
ですから、この本自体がその「快適空間」を再現しているので、自分なりの方法=語り口を見つけていなければいけないと思います。そしてそれができた時、その空間にいる自分自身も変わってくると思えるのです。たとえば、マムちゃんがいう「チャーミング」な人というように。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。