アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)というのがミステリーの分野にあります。事件の現場に赴くことなく、文字通り安楽椅子(というより肘掛け椅子ですね)に腰掛けたまま事件を推理し解決する探偵のことをいいます。アガサ・クリスティさんの主人公ミス・マープルやバロネス・オルツィさんの隅の老人などが代表的なものだと思います。
このQEDシリーズの主人公、桑原崇も広い意味ではそのようなひとりなのかもしれないと思いました。
といっても、ミス・マープルさんたちと大いに異なる点があります。誤解をおそれずにいえば、事件を解決することが必ずしもその推理の目的ではないように思えるのです。崇はまったく独自な歴史観(日本観)を持ち、その追求を飽くことなく続けています。崇の研究(?)の、いわば応用問題のようにして事件が起き、崇がその解決に向かう、というように思えるのです。
この『竹取伝説』は奥多摩で起きた殺人事件から始まります。猟奇的ともいえる事件にはある秘められたものがありました。崇は一見無関係にみえる『竹取物語』とこの村に伝わる手毬唄に隠されたものを明らかにすることで、この殺人事件の解決の糸口を見つけていきます。そこにはある由縁というものがありました。かつて〈竹〉というものは特別な意味や広い世界を持っていたものだったのです。けれどそれは、時の権力者によって隠され、私たちはとうに忘れさせられていたものなのだったのです……。そしてその〈竹〉があらわしていたものはもうひとつの歴史だったのです。
そのもうひとつの歴史とは、まつろわぬ(従わない)ものたちの悲劇であり、征服された王や民の悲劇であり、そこから生じた怨霊とそれに対する鎮魂の歴史でした。その歴史を記したものとして、崇は膨大な文献を取り上げていきます。『古今集』『古事記』『風土記』『万葉集』『史記』『捜神記』『和名類聚抄』など古文書はつきるところがありません。それらにひそかに記された(暗示された)意図を崇はていねいに読み解いていきます。その果てで明らかにされた『竹取物語』の姿は、私たちが常識で知っていたものとは異なるものでした……。(『竹取物語』の作者にもふれています)
高田崇史さんは該博な知見を生かして私たちを日本の真の姿に誘っていきます。その崇(史)さんの弁舌に酔うのもこのシリーズの楽しみなのではないかと思います。
ところで崇のギムレット好きはレイモンド・チャンドラーさんの描いた私立探偵フィリップ・マーロウへのオマージュですよね……きっと。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。