他の方は違うのかもしれないが、私の場合、夏電書×ふくほんでは、レビュー候補を運営からいくつか提示していただき、そこから選ぶという流れになっていた。
本書はその候補の中のひとつだったのだが、あからさまに「私にこれを選べ」というラインナップになっていると感じた。BL用語でいうところの「誘いウケ」の状況である。
本当は、自信がない分野である。だが運営の気持ちもわかる。私のような中年男子は、こうした話題が大好きなはずだ。夕刊紙や週刊誌などで性指南の記事があると、それをむさぼり読むのが中年というイメージもあることだろう。
しかし、実は私は性を取り扱うことがとても苦手な“ヌーベル中年”である。拙著の話で恐縮だが、自分が書いた小説でも、主人公の40男は、女性から誘われても親友の男のことを気にして受け入れない。せめてキスだけして、それを大切な思い出にしていたのだが、その女性が他の男ともバンバンキスをしていたと知り、傷つくような男である。要するに、とてつもなく童貞っぽいのだ。そんな話を書いている自分が「性の指南書の大ベストセラーを受け持って大丈夫か?」と思ったが、私とて男子。挑まれるのであればウケねばならない。前置きが長くなったが、「口惜しいけど、僕だって男の子なんだな」と思いながら、拝読させていただいた。
そして、読了したのだが、正直にいって草食中年の私にも、とても共感できる内容であった。
事前には、先入観もあった。昭和の昔によくあったような性の指南書「愛の奥義は三所責め」みたいな企画の現代型バリアントであろうと思っていたのだが、本書はまったくそんなのではない。
まず、おのれの快楽ばかりをむさぼるような愛の行為は論外であり、それはもちろん本書でも多くのページを割いて非難されている。だが、なのだが、ではなにを目的にすればいいのだろうか。お互いが絶頂に達するという「結果」を重視すればよいのか。
実はこれが、アメリカの新自由主義に毒された日本の発想であると、アダム徳永氏はいう。
「達する」というゴールを重視するあまり、世の中の性の指南は「相手をいかにして到達させるか」が主題になっている。それは、おのれの快楽だけをむさぼらんとする行為よりは、まあまだ及第点とは言えるかもしれないが、真のよろこびとはほど遠い。大切なのは結果ではない。プロセスなのである。
なるほど、だ。昔の小説などを読むと、「メシを必要とするように性を必要とする」といった描写も出てくる。愛とか恋とかそうした情緒はゼロで、生理的欲求として行為をこなす、というある種の美学にもとづいた男らしさの描写なのだが、そんなんでは行けない世界があるはずだ。
で、そのプロセスでなにを重視するかというと、「気の交換」である。気というと、オカルト的な話題になる。本書でもそこはすごく気にして言及されているのだが「感情エネルギー」と言えば受け入れられやすいであろうか。
たとえば在りし日の青春の日々。好きな女の子を思い切って誘って、はじめてのデートにでかける。やがてふたりは公園のベンチに座るが、そこからどうやって気持ちを伝えていったらいいのかわからない。ただ時間だけが経過する焦燥の中で、自分の手が彼女の手にふれてしまった瞬間。その時、驚くほどの感情エネルギーが放出されることだろう。そこでもし彼女が手を握り返してくれたら、莫大な量の感情エネルギーを受け止めることになるに違いない。
私は、テクニックどうのこうのではなく、こうしたやりとりにこそ男女の機微があると思っていたが、本書のとりあげる真の性も“大人の階段を8千段階くらい登ったところ”にあるだけで、同じだと思った。
ただ、本書は精神論を説くものではない。きちんと気でもってパートナーを開花させていく実践的技術を教えてくれる本である。それは「アダムタッチ」という手技なのだが、これも私は大いに納得させていただいた。性において大切なのが気であるならば、気を伝えやすい愛撫を主力とするべきである。通俗指南書では口が重視されがちだが、気を口から吐くという姿は、どうイメージしがたい。いやイメージは可能なのだが、少々「人外」の印象も受ける。やはり気を放つのは「手」であろう。真の性の達人になるためには、手技をマスターすべしという趣旨はよく理解できた。
男女は、究極的にはお互いの感覚を理解できない。だからこそ、通俗的な性の指南書は、男子向けでも女子向けでも、わかりやすい「結果」を求めてしまうのであろう。だが、お互いの愛を高め合う「プロセス」こそを重視する本書が、2014年8月現在でなんと39刷りまで到達しているとは、大人の世界もまだまだ捨てたものではない、のかもしれない。
レビュアー
1969年、大阪府生まれ。作家。著書に『萌え萌えジャパン』『人とロボットの秘密』『スゴい雑誌』『僕とツンデレとハイデガー』『オッサンフォー』など。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。現在「ITmediaニュース」「講談社BOX-AiR」でコラムを、一迅社「Comic Rex」で漫画原作(早茅野うるて名義/『リア充なんか怖くない』漫画・六堂秀哉)を連載中(近日単行本刊行)。