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mRNAワクチンやPCR法なども楽しみながら理解する。大人のための生物学の教科書
(著:石川 香/岩瀬 哲/相馬 融)
先ごろ、ノーベル生理学・医学賞の発表があった。今年の受賞者はカタリン・カリコ氏とドリュー・ワイスマン氏で、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの基礎研究に貢献したことが評価された。世界中で、多くの人が納得する授与だろう。
だがワクチンの開発が発表された当初は、その未知さゆえ、専門家による解説がいたるところで流れていた。新たな技術による世界初のワクチン、その基となる「mRNA」とは何か。その原理と効果は──さまざまな観点で語られるニュースの数々を見ながら、私は少し間の抜けた感想を抱いていた。それは「これって『生物』の授業で出てきた話!?」だった。
本書はタイトルの通り、生物学を学び直したい人に向けて書かれた1冊である。全5章にわたって、細胞から遺伝、人体の仕組みと植物、生態系に生物の分類と進化まで、重要な点に絞りながらも幅広く解説されている。各章はトピックごとに細かく区切られ、時に大きな図版も入るため、飽きのこないつくり。そして最近の教科書としては珍しくなったモノクロの印刷も、昔のそれを思い出すとしっくりはまる。そうそう、私が読んでいたのはこんな感じの教科書だった!
ちなみに、冒頭で紹介される著者たちの関係が面白い。その内の一人である石川香(いしかわかおり)氏いわく、昨今の感染症の流行や温暖化といった世界的窮状を見るにつけ、生物学の知識はより一層必要とされている。しかし実際の教育課程では、「暗記科目」として敬遠されがちな状況を憂いていた折、編集者から本書の執筆依頼があった。かつての石川氏自身が高校の生物の授業で感じた高揚感を伝えるべく、二つ返事で引き受け、他の著者を選んだという。
数名の少人数で書きましょう、ということになり、真っ先に浮かんだのが、私を生物沼に引きずり込んだ張本人である恩師と、同じように恩師によって生物沼にハマった先輩だった。この3人で、溢れる生物愛を一冊の本という形にできたことは、私にとってそれだけでこの上ない喜びだ。
思わぬ繋がりに頬がゆるんだ。ミトコンドリアの生物学を専門とする石川氏は、2009年に筑波大学大学院生命環境科学研究科情報生物科学専攻を修了した博士(理学)。その先輩たる岩瀬哲(いわせあきら)氏は、筑波大学大学院生命環境科学研究科生物機能科学専攻を経た博士(農学)で、植物の再生と分化全能性の分子機構を専門としている。そして二人の高校時代の恩師たる相馬融(そうまあきら)氏は、筑波大学大学院教育研究科を修了した修士(教育学)で、二人が千葉県立東葛飾高校在学時に教鞭をとっていたそうだ。三人の経歴を見て、教え子たちが恩師の背中を追って恩師と同じ大学を選んだ可能性があることに気づき、胸が熱くなった。
そんな著者たちが執筆した本書は、一般の教科書よりだいぶ読みやすい。ところどころに挟まるコラムはもとより、本文中でも私たちの日常にちなんだ話が挟まれる。たとえば血液に関する第3章の「血液を知る」では、赤血球からヘモグロビンの解説へと移る中で、運動をする前のウオーミングアップについて、こんなポイントがつづられる。
本格的な運動をする前には、かならず準備運動をしましょう、といわれる。筋肉を柔らかくして怪我を防ぐとか、気分を高めるとか、効果はいろいろあるのだが、最も重要なのは事前に体温を上げることだろう。先ほど、二酸化炭素の増減でヘモグロビンの酸素解離曲線がシフトすることをボーア効果と呼ぶ、と説明した。
じつは、解離曲線のシフトは二酸化炭素の量以外の要素によっても起こる。それが温度なのだ。温度が上がると酸素解離曲線は右へシフトする。つまり、ヘモグロビンがより酸素を手放しやすくなるので、その後本格的な運動をしたときに筋肉に効果的に酸素を供給できる。
準備運動に、そんな意味があったとは! 「筋肉を柔らかくして怪我を防ぐ」一択だと思い込み、なんとなく身体の各部位を回しておけばいいか、くらいに考えていた。「体温を上げる」という目的を持てば、準備運動の仕方も変わってくるのは間違いない。教科書に、自分の日常を変えるヒントがあるとは思ってもみなかった。
そうして日常に関わる話がある一方、本書では、人類の研究の成果と進歩もともに知ることができる。以前授業で習った話も、その後の研究により刷新されている部分が多くあった。20世紀は「解読の時代」であったと、今更ながら痛感する。
人類として得た大きな成果も、個人としての小さな視点も楽しめる本書。「mRNA」だけでなく「パルスオキシメーター」の原理や「サイトカインストーム」など、ここ数年で耳慣れた事象を復習することも、「ゲノム編集」や「生物多様性」などの最新の研究成果を学ぶこともできる。本書を通じて改めて生物学を知ることで、自分という「生物」を知り、世界をより良く知る手立てとしたい。
- 電子あり
本書は、生物学の基本から最新の話題まで、網羅的に解説した入門書で、図版も多く、基本を知りたい人、学び直しをしたい人に最適なつくりになっています。
「受験をするわけではないし、中学レベルまでは理解しているけど、その先が知りたい」
「最新のニュースを理解するために基本を知りたい」
「教科書よりも堅苦しくなく、おもしろく学びたい」
という読者のニーズに応えた、画期的な一冊!
主な内容
第1章 細胞から分子レベルの生物学
細胞と生体膜-生命の基本単位/タンパク質と酵素-生命活動の実働部隊/DNA-生命活動の黒幕/光合成と窒素同化-物質循環とエネルギー循環 など
第2章 個体の継承と形成に関する生物学
遺伝と減数分裂-縦続保存を種族保存を支える原理/発生-生命最大の神秘/バイオテクノロジーの光と影 など
第3章 個体の維持に関する生物学
血液を知る-生きていることの驚異/肝腎なはなし-24時間はたらくタフな臓器/脳-最後のフロンティア など
第4章 生物の集団レベルの生物学
生物界をマクロな視点で見る/森と海を守るために-豊かな生態系を楽しむ など
第5章 生物界の時間的・空間的な広がりを考える生物学
生物分類-博物学はやはり不滅/進化-あらゆるところに見ることができる生物の歴史
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。
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