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『このミステリーがすごい! 2023年版』国内編、『ミステリが読みたい! 2023年版』国内篇で驚異のダブル1位! 直木賞候補にもなった話題作、『爆弾』。連続爆破事件を“予言”した正体不明の男と警察との頭脳戦に震撼させられる本作。極上のミステリーはいかにして誕生したのか。著者の呉勝浩氏と編集担当の中谷洋基、落合萌衣が、完成までの過程を振り返る。
レクター博士の真逆をいく強烈な悪役キャラクターの誕生
中谷 名誉あるミステリーランキングの冠、おめでとうございます。
呉 ありがとうございます。『爆弾』は僕の11作目で、特別な思い入れがありました。10作目の『おれたちの歌をうたえ』は自分でも手応えがあり、なんとなくひと区切りついたと思っていて。この11作目で作家人生のリスタートを切りたいという思いがありました。だからもう一度原点に返り、青春時代によく観た年代のサイコサスペンス映画『セブン』や『CURE』、その源流である『羊たちの沈黙』のような世界観、僕が好きなエンタメを自分なりにつくってみたいと思ったんです。自分にとって挑戦でもある作品を読者の方にも認めていただき、素直に嬉しいです。
落合 爆弾魔のスズキタゴサクは、ミステリー史上に残る強烈なキャラクターだと思います。
呉 タゴサクは、ハンニバル・レクター博士のような格好いい悪のカリスマとは真逆。頭だけはいいけれど、社会から完全に落ちこぼれたモンスターです。僕は、世の中に対しての怒りや恐怖といった感情の揺れ動きを創作のモチベーションにしていますが、タゴサクは自分の中の怒りを集約して具現化した存在。作品の軸となるこのキャラクターを思いついたとき、きっとイケるなとピンときました。
中谷 本作は400ページを超える大作ですが、特徴的なのはタゴサクのセリフがとても多い点。タゴサクの毒気をはらんだ言説に対し、読者は怒りや腹立たしさを覚えるかもしれませんが、それでも先を読まずにはいられないという稀有(けう)な体験型の作品です。
呉 ある意味、読者に負荷をかける作品とも言えますが、きっと記憶には深く刻まれる。その狙いは成功したかなと思っています。
徹底した編集とのやりとりで磨かれていったミステリー大作
ミステリー『爆弾』誕生秘話について語る、著者の呉勝浩氏
中谷 作品のアイデアを最初にお聞きしたのは、2020年12月頃でした。爆弾魔が警察の取調室で「あと3回爆発する」と言うシーンから始まる物語だと。
呉 中谷さんが「面白そうですね」と言ってくれたので、自信をもって書き始めました。
中谷 こんな複雑なストーリーを、呉さんはプロットも作らず書き上げるのがすごいところです。
呉 プロットを作ろうとすると、なぜか書いているそばからつまらないものに感じられて、意欲がどんどん失せていくんですよ。
中谷 それから半年ほどで第1稿を仕上げていただいて。すごい作品になりそうだという手ごたえを感じました。
呉 でも中谷さんは、初稿送付後の最初の電話で「異動になりましたので、新しい担当者がつきます」って(笑)。え? ちょっと待ってよ。これまで2人でタッグを組んできて、これからが大事なときなのに。正直、かなり焦りました。
中谷 でも、結局、新担当の落合と私の2人体制で作品完成まで担当させていただきました。
呉 落合さんは僕と世代も違うし、物事の見方も違えば、今まで読んできた作品も全然違って共通点もない。第1稿の感想も、「良かったです」と目を見ないで言うから、全然ピンときてないんだろうなと思いました。
落合 そんなことないですよ! 初めて読んだときの衝撃が凄まじくて。「すごい作品を読んでしまったぞ」と鳥肌が立ったのを覚えています。
呉 でも、落合さんと初対面の時に、どういうふうに直したらいいと思う? と3人でみっちり時間をかけてやったんですよね。落合さんは最初から割とはっきりものを言うタイプの人で。
落合 オブラートに包みました。
呉 オブラートって普通は半透明なんだけどね、落合さんは透明なオブラートに包んでくるんですよ。本音が丸見え(笑)。でも僕はね、本音を言ってほしかったんです。改稿を重ねていくうえで、まずはどういう人か知らなきゃいけないし、物語や小説をどういう風に考えているのか知りたかった。話していて、考え方の違いに気づくこともありました。でも、率直にいろいろ言ってくれるし、筋もしっかり通っている。この人は信用できるなと思いましたよ。
落合 ありがたいことです。
呉 やっぱり編集さんの意見がないと、すごく狭い視野のなかでしか作品が成立しなくなってしまうので、僕はちゃんと言ってほしい。その意見を採用する・しないはともかく、いったん咀嚼(そしゃく)はしようと思っています。おふたりの意見を受けて、新たな視点となるような登場人物を追加したり、当初は存在しなかったシーンも生まれたりしました。対立はしたけど、結果的にはすごく良かったと思います。
中谷 第1稿から完成まで半年くらい徹底的にやりとりさせていただいて、物語の印象はだいぶ変わりましたよね。
呉 大筋や真相は変わらないけど、その明かし方や設定は、よりわかりやすくなったと思います。12月31日までZoomで相談して……狂気の沙汰でした(笑)。
中谷 さすがに大晦日まで打ち合わせしたのは初めてです(笑)。
強烈な悪と正義どちらを勝たせるべきか
左)書籍『爆弾』を手に持つ、現在の担当編集者の落合 中央)『爆弾』著者の呉勝浩氏 右)書籍『爆弾』を手に持つ、企画立ち上げ時からの担当編集者の中谷
呉 最後まで意見が対立したのは、タゴサクとの決着のつけ方でした。落合さんから、「私は悪が勝つ話なんて読みたくないんです!」という名言も出て(笑)。
落合 おかげで最終的にはスズキタゴサクという悪のモンスターに正義が一矢報いたという物語にしていただけたと思います。
中谷 対タゴサクという意味では勝てなかったかもしれないけれど、周りの人間が悪に陥らなかったという意味では、勝ったと言えるのかもしれませんね。
呉 この作品は、タゴサクが強烈で強くて、関わる人間全員を引っ張り込む話だと思います。自分の未来に希望がなく死刑も恐れていない、ひたすら人を壊すロジックをくり出してくるような人間には、基本的に暴力以外の形で勝つ方法って、やっぱり難しくて。だから、途中で彼に勝つことは諦めました。でも、最終的に彼に関わる登場人物がそれぞれ一線を越えずに踏みとどまることができたので、ある意味、引き分けじゃないでしょうか。
落合 次回作は、ぜひストレートに正義が勝つ王道のエンタメ作品も見てみたいところです。私の希望がそうそう聞いていただけないのは、わかっていますが(笑)。
呉 いいえ、落合さんの要望はしっかり聞いていますよ。現に「タゴサクのセリフが長すぎる」と言うから、けっこう削りましたし!
中谷 そうでしたっけ?
呉 ええ。削りましたよ。たぶん、トータルで5行くらいは(笑)。
撮影:渡辺 充俊/講談社写真部
1981年、青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。現在、大阪府大阪市在住。2015年『道徳の時間』で、第61回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞受賞。同年『ライオン・ブルー』で第31回山本周五郎賞候補、19年『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』で第72回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞受賞、同作は第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)も受賞し、第162回直木賞候補ともなった。21年『おれたちの歌をうたえ』で第165回直木賞候補。他の著書に『ロスト』『蜃気楼の犬』『マトリョーシカ・ブラッド』などがある。
- 電子あり
些細な傷害事件で、とぼけた見た目の中年男が野方署に連行された。たかが酔っ払いと見くびる警察だが、男は取調べの最中「十時に秋葉原で爆発がある」と予言する。直後、秋葉原の廃ビルが爆発。まさか、この男“本物”か。さらに男はあっけらかんと告げる。「ここから三度、次は一時間後に爆発します」。警察は爆発を止めることができるのか。爆弾魔の悪意に戦慄する、ノンストップ・ミステリー。
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