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オーケストラの音合わせで「ラ」が選ばれる理由も、コンサートホールのしくみも──科学の視点で音楽を楽しむ!

楽器の科学 美しい音色を生み出す「構造」と「しくみ」
(著:フランソワ・デュボワ 訳:木村 彩)
2022.05.24
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楽器はどうして美しく響くの?

楽器を間近で見ると、見知らぬ美しい生き物と対面しているような気持ちになる。どう扱えば音が出るのだろう、それはどんな音で、どんなふうに響くのだろう。

そんな楽器たちが輝く場所であるコンサートホールも、不思議な空間だ。楽器と一緒に舞台袖から現れる演奏家(あるいは、ステージで静かに待っている楽器のもとに近づく演奏家)を見ると胸が熱くなる。音が鳴る前からコンサートは始まっている。

音楽を聴く側に徹している私は、楽器や演奏家を見ると、ものすごくドキッとする。魔法が始まる気がしてしょうがないのだ。

ブルーバックスの『楽器の科学 美しい音色を生み出す「構造」と「しくみ」』は、世界的なマリンバソリスト、作曲家として活躍するフランソワ・デュボワ氏が、この世に存在するたくさんの楽器たちがいかに美しい音色を生み出すのかを、科学的な視点とプロの演奏家の視点の両方から説明する本。そう、私が「魔法だ!」と思う楽器とその音色の姿を解き明かすには、この2つの視点が大切なのだ。

なぜなら、同じ楽器・楽曲でも演奏する人によって音色の美しさがまったく違うから(これは自分がピアノを習っていた頃に痛感した。ピアノは鍵盤を押しさえすれば誰だって音が出せるのに、奏者によってびっくりするくらい別物になる!)。

楽器の構造、目には見えないけれど存在する音色の正体、オーケストラの音合わせで「ラ」が選ばれる理由、しかもその「ラ」の周波数がオーケストラごとに違う(!)まさかの事情、そして楽器が奏でる音色を美しく響かせるコンサートホールの秘密、さらに世界の音楽家たちが考える楽器と音響について。心躍る1冊だ。

すべての楽器は分類できる

「第1楽章 作曲の「かけ算」を支える楽器たち」では、世界中で少なくとも1000種類以上あるといわれている楽器たちの個性が紹介される。1000種類もある楽器を、どのように論じるか? この分類方法からすでに面白い。

「楽器が音を出す原理」に沿って分類すると、この世の楽器たちは大きく5つのカテゴリーに分けられる。これはHS法と呼ばれる分類法だ。



この5つからさらに分類されていく。この説明がとても楽しいのだ。楽器のことを想像しながら読んでほしい。

たとえば、マリンバは「体鳴楽器」のうち、「打ち鳴らす楽器」だ。多くの人が子どもの頃に鳴らしたはずのカスタネットは、「体鳴楽器」の「打ち合わせる楽器」。ギターは「弦鳴楽器」の「弦をはじいて弾く楽器」で、なるほどわかりやすい。

そして、ピアノはギターと同じく「弦鳴楽器」に属している。グランドピアノの蓋を開けて演奏するとよくわかるが、鍵盤を押すと中の弦がポーンとハンマーで下から叩かれている。だからピアノは「弦を叩いて弾く楽器」だ。

さらに人の声も「気鳴楽器」の一員なのだ。

「気(aero)」という文字が示すとおり、空気の力を借りて音を作り出す楽器の総称です。
空気の送り込み方はさまざまで、笛やトロンボーンなどの演奏者の呼気が楽器内を通ることで鳴るもの、アコーディオンやオルガンなどの機械仕掛けで空気を送り込んで鳴らすもの、あるいは、バグパイプやブルターニュのヴーズ、ビニューなどの空気袋を使って鳴らすものがあります。

そうか、人の声とトロンボーンやアコーディオンは、ある意味において仲間……!

「倍音」で音の美しさが決まる

楽器の分類の次は「音」だ。「第2楽章 楽器の個性は「倍音」で決まる」では、音色と呼ばれる音の要素とその構成について迫る。著者は、まず音の周波数の仕組みや倍音とは何であるかの解説から、楽器の音色の違いにつなげる。

私たちは、同じ「ラ」の音を聴いても、「あれはフルートで、これはクラリネット」と、聴き分けることができます。ともに木管楽器であるにもかかわらず、そのような判別が可能なのは、物理的には同じ周波数である442Hzの「ラ」であっても、フルートとクラリネットとでは聞こえてくる音色が違うからです。
(中略)
二つの楽器のあいだでは、「生じている倍音の数」が異なります。
フルートの倍音が十数個であるのに対して、クラリネットの倍音はなんと三十数個もあり、その数の違いが音色の違いを生み出しているのです。

フルートとクラリネットの音色を想像しながら読むと、倍音がどんなものであるのかが体感的につかめるはずだ。そして、ここから演奏者ならではのゾクゾクする解説が始まる。倍音の数は、弾き方でも変わるのだという。

たとえば、私のソロ楽器でもあるマリンバの場合には、まだ熟達していない演奏者が弾くと倍音どうしがぶつかりあってしまって「ボワンボワン」という不快な倍音の塊を作り出し、何を表現したいのかが伝わらないサウンドになってしまいます。
一音一音がはっきりと聴き取れる、明瞭で美しいサウンドにするためには、倍音を引き出したいという意図と意識を明確にして練習する必要があります。
(中略)
ひと言でいえば、あなたのキャラクターや追求する音にぴったりと合致した条件を、ひたすら研究していくのみです。それらすべてが整ったときに初めて、魅力的な倍音を打ち出すための寸分たがわぬ強度に意識をぴたりと合わせて演奏することが可能になります。

私が「魔法だ!」と呼ぶ、あの素晴らしい演奏の正体は、科学的に説明ができる。そして「美しい音色」を言葉で表現するとこうなるのか。しみじみとうれしくなる章だ。

楽器が作り出す最初の音は「小さい」

「第3学章 楽器の音色は「共鳴」が美しくする」も楽しい。共鳴の物理的な仕組みを解説し、共鳴を作り出すために楽器がどのような構造になっているかを丁寧に紹介している。

著者は繰り返し「楽器が作り出す最初の音は小さい」と語る。この「最初の音」というのが大事だ。つまり、楽器は音を増幅させ、コンサートホールで客席にまで届くような大きな音を生み出す。
たとえば、バイオリンにはこんな工夫が施されている。バイオリンにも、ピアノにも、ギターにも音を共鳴させて大きくするための「共鳴胴」がある。

共鳴胴(ボディ)を用いて音の増幅を図るわけですが、その際に問題になることがあります。
弓で弾かれた弦の振動が、弦の長さの方向に対して垂直であることです。すなわち、ボディに対して平行に振動しているので、ボディを振動させることができません。

弦の振動を共鳴胴に対して垂直にスイッチさせるには?



弦と共鳴胴のあいだにある白い部分、ブリッジの出番だ。

弦と共鳴胴の振動を中継するブリッジには、弦の振動をできるだけ損なわずに、共鳴胴に伝える役割が求められます。ブリッジ自体が振動を吸収してしまわないように、形状や材質、厚さ・高さなどにさまざまな工夫が施されています。

ただなんとなく「美しいなあ」と見ていたあのパーツがそんな仕事をしていただなんて。

そして、ブリッジの下にあるのが「魂柱」だ。名前からして大切そうなパーツだが、こここそが「バイオリンを構成する部品のなかで最も大切」と著者は言う。魂柱は、共鳴胴の表板側で発生した振動を裏板まで効率よく伝える役割を持っている。その繊細な仕組みについては読んで仰天してほしい。バイオリンの音色を決定づける核のような存在だった。

その他の楽器たちも、「楽器が作り出す最初の小さな音」をいかに大きく美しく増幅させるか、あらゆる工夫が凝らされている。すべての形に理由があるのがわかってとても面白い。

本書の読者のための特設サイトで著者のアルバムを聴くことができる。音色と音色の重なりや、倍音や共鳴の面白さと美しさがよくわかる。

コンサートホールに宿る審美眼

『楽器の科学』という題名の本ではあるけれど、本書ではコンサートホールについても丁寧に触れている。「第4楽章 「楽器の最高性能」を引き出す空間とは?」では、「名音響」と呼ばれたカーネギーホールが改装時に音響が劣化した事件や、新しいホールを建てるときに建築家と音響技術者がどのように設計を決めていくかがわかる。

たとえば、音響技術者がコンサートホールを設計する際、最初に注目するという「初期反射」という現象について。



このように反射音は計算で求められる。では、どうしてコンサートホールでは反射音が大切なのか?

壁→天井→床、壁→天井、あるいは壁→天井→壁など、さまざまなパターンの反射音が存在しますが、壁または空気による音の吸収をともなって、それぞれに異なる特徴と到着時間で聴衆の耳に次から次へと届きます。
その結果、音の発生源はステージ上の1カ所に限定されず、より聴き手に近い場所や広範囲で鳴っている印象を与えることができ、さらには、コンサートホールの空間そのものが音で埋め尽くされているような印象に変化します。

なるほど。じゃあ、初期反射音を完全にコントロールすれば、必ず最高のコンサートホールができる……? というわけではないのだ。楽器と同じく、美しい音色を生み出すのは簡単なことではない。

コンサートホールのサイズや形状、使われる天井や壁の材質などの客観的条件だけにとどまらない、演奏家や聴衆の好みによって左右される部分が存在します。音響技術者の主観とは、それら演奏家や聴衆の好みを経験的に把握しつつ、音響技術者自身の評価基準(それは審美眼、あるいはセンスといってもいいかもしれません)を加えたものです。

すべてがパラメータ化されているわけではない面白さよ! 舞台芸術は、演者と観客(聴衆)と劇場の全てが組み合わさって成立する「生きもの」であることを思い出した。

ということで、本書も最終章「第5楽章 演奏の極意──世界的ソリスト10人が教えるプロの楽器論」につながる。「楽器はどうして美しく響くの?」という問いについて考えるとき、楽器とその楽器を演奏する人は分かちがたい。この章では、プロの演奏家10人が、次のような問いかけを通して、楽器と音響体験について自身の経験と言葉で語っている。

Q1 あなたにとっての「良い楽器」とは、どういうものですか?
Q2 あなたとあなたの楽器との「パートナーシップ(関係性、あるいは協力関係)」について教えてください。
Q3 今までに演奏してきた自国内外のさまざまなコンサートホールで印象に残っている、最高の(あるいは、最悪の!)音響体験はありますか?

とてもパーソナルで繊細な美しい章だった。本書で楽器が生み出す音色や音響の仕組みを知ったのち、ゆっくり読むのにぴったりだ。それぞれの回答の引用は控えるが、いつか「フランス東北部の町・メスのアルセナルの音楽ホール」に私も行ってみたい。

  • 電子あり
『楽器の科学 美しい音色を生み出す「構造」と「しくみ」』書影
著:フランソワ・デュボワ 訳:木村 彩

弾く人も聴く人も、科学の視点で音楽を楽しもう!
ピアノ、バイオリン、トランペット、マリンバ……「魅惑の響き」はどう作られるのか?

楽器の個性を生み出す「倍音」とは?
音色を美しくする「共鳴」とは?
バイオリンの最重要パーツ「魂柱」とは?
楽器の素晴らしさを引き出すコンサートホールの条件は?
そして、プロが考える「最高の楽器」とは?
フランスで最も栄誉ある音楽勲章を最年少受章した著者が楽器の秘密を解き明かす!

〈もくじ〉
プレリュード──音楽は「五線譜上のサイエンス」
第1楽章 作曲の「かけ算」を支える楽器たち──楽器には5種類ある
第2楽章 楽器の個性は「倍音」で決まる──楽器が奏でる「音」の科学1
第3楽章 楽器の音色は「共鳴」が美しくする──楽器が奏でる「音」の科学2
第4楽章 「楽器の最高性能」を引き出す空間とは?──コンサートホールの音響科学
第5楽章 演奏の極意──世界的ソリスト10人が教えるプロの楽器論

※本書は、1979年刊行のブルーバックス『楽器の科学──角笛からシンセサイザーまで』(橋本尚著)とは内容が異なります。

レビュアー

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花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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