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【インタビュー連載第2回】天才アラーキーの「愛ノ説明」。やはり死というものは……

2021.07.03
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美容誌「VOCE」で約20年続いた、写真家・荒木経惟のインタビュー連載。連載開始から約1年後の第11回を公開。

──両親の死を、兄の死を、妻の死を経験した天才写真家は、もっとも難しい対象として、母と妻の死に顔を、そのカメラに収めた。その時、試されるのは愛だという。「身近な愛しい人の死を撮ることで、写真はうまくなる」と言いながら、荒木氏は、自分がとらえた奇跡のような瞬間を、ふと懐かしんだ。

“愛が照れずに出ちゃってるね。生きてる頃は、お互い照れて会話もなかったけど……”

へえ、今日は、このおふくろの死に顔を撮ったときの話をすればいいの? 偶然だねぇ。今日(当時)、平凡社の社長だった下中邦彦さんの告別式だったんだ。だからね、こんな、イッセイ・ミヤケの白いシャツなんか着てるの(笑)。珍しいだろ?

下中さんには、俺がまだ電通にいて、『さっちん』で第1回太陽賞をとってから、ずっと世話になっててさ。これがまた、粋で素敵な人なんですよ。告別式もね、お経唱えたりしないでさ、献花だけ。なかなか洒落てたよ。たぶん今日は、人の死について語る日なんだろうね。

だけどこのおふくろの写真、今見るとなんか、顔がふくよかだねぇ。いや、久しぶりに見たんだけどさ(笑)。生きてる頃はさ、お互い照れ屋なもんだから、ほとんど会話もしなかった。でもこの写真には、愛が照れずに出ちゃってるね。

死んだ人をゴザの上に寝かすっていうのは、下町の風習なんですよ。この写真を撮ったときは兄弟親戚に外してもらって、ゴザの周りをひとりでぐるぐる回って、おふくろのいちばんいい顔を探したの。いちばん彼女が素敵に、神々しく見えるアングルを探し回った。生きてる人間を撮ってるときはさ、「瞬間愛」じゃないけど、撮られることに気が行くから、女性は勝手に綺麗になるんですよ。でも死んだ人はね、難しいよね。だって写真っていうのは本来、動いているものを止めることだから。脈が止まっているものを止めるのはもっと大変だよ。

そこでさ、自分ていうものが試されちゃうんだな。どれだけちゃんと生きてるか。どれだけ相手に気持ちがあるか。愛があるか。ある意味で、この写真は俺という人間も写し出してる。鏡のようにね。だから昔はよく言ったんだ。親父が死んでおふくろが死ねば、そこからそいつは写真がうまくなるものだってね。身近な愛しい人の死を撮るのは、修行みたいなもんだからさ。

それにしても、俺にとってこれほど他人に見せることをすごく意識した写真はないね。ともかく周りが見てみっともなくないように、恥ずかしくない母だったと思われるようにって、そんなことばっかり考えてた。おふくろがカッコいい女だったということを、素敵に、綺麗に、品よく撮りたいと思ってたんだね。群馬出身のからっ風お母ちゃんでさ。美人じゃないんだけどすごく愛しくてさ。シャッターを押したのはこの角度からだけなんだけど、知らない間に向こうが、いいフレーミングを教えてくれたような気がするね。

おふくろが死んだのは俺が34歳のときでね。初めて喪主をやったんですよ。そのときは、葬式写真を探さなきゃいけなかったからさ、アルバム帖を引っ張り出したの。そしたらそのうちの1頁に、死ぬ1年前に撮ったオヤジの写真と、オヤジの死後2年もたたないうちに死んだアタシの兄の娘の写真、末っ子である妹の花嫁姿の写真、そしてその結婚式にアタシが撮影したおふくろのポラロイド写真、この4枚が無造作に貼ってあったんだよ。どんなに優れた写真集だって、アルバム帖にはかなわないもんだね。アタシは、それでその母のポラロイドを葬式写真にすることに決めたわけです。

ちゃんとした親孝行はできなかったけど、40年も下駄屋を続けたおふくろが、いつも仕事場に置いていたアルバム帖を見て、意外と写真は親孝行に役立たないわけではないと思ったね。

その葬式用に決めたポラロイドを、アサヒペンタックス6×7に接写リングぜんぶ付けて複写したの。ピント合わせが難しいカメラでさ、レンズの向こうでおふくろがボケて、またシャープになって、またボケて……。遠くなったり、近くなったり。時空を超えたその世界に、ふたりきりだった。不思議と、気持ちまで向こうとこっちを行ったり来たりしてた。

オヤジが死んだときも、写真は撮ってるんだ。でも、顔は撮らなかった。だって、銭湯に連れてってくれたときの生き生きした顔、覚えてたから。オヤジの元気のない顔を撮るのがどうしてもイヤで、腕に入れてたお化け提灯の刺青だけ撮ったの。おふくろのときもそうだったんだけど、見たくないものはね、写さないほうがいい。切ってしまっていい。いちばん美しいアングルで、フレーミングで撮れれば、それでいいんだよ。

でも、生きてる人間なら絶対こうは撮らないね。ていうよりも、こうは撮れない。久しぶりにこの写真見て、おふくろの死に顔がこんなに生き生きしてたんだなーとビックリした。死んでしまうと、人は国籍も年齢も性別も超えて、もうひとつの、何か別の性になっていくのかもしれないね。

【プロフィール※連載当時ママ】あらきのぶよし

’40年東京生まれ。ドイツTASCHEN社からの全集『ARAKI』が、8月1日日本でもついに刊行! また、おでん屋のオヤジ役で出演した映画「チキン・ハート」は公開中。荒木氏の大ファンであるヘレナ・クリステンセンとのコラボレート、「ヘレナ♡アラーキー『東京にて、愛。』」展は9月10日より三越日本橋店にて開催される。多忙!

(取材・文/菊地陽子)

  • 電子あり
『愛バナ アラーキー20年ノ言葉 2001-2020』書影
荒木 経惟

雑誌『VOCE』で2001年から約20年続いた荒木経惟のインタビュー連載から、荒木氏が残した“名言”を収録。

【荒木氏の20年分の“生の声”の集大成】女性論、写真論、幸福論、芸術論、死生論など、荒木氏の“生の声”を収録。20年間表現しつづけてきた変わらない哲学は、触れた人の背中をそっと押す優しさと、視点が変わる新しい気づき、そして人生を「をかし」むユーモアに溢れています。

【あらゆるシリーズから豊富な写真を掲載】さっちん、空景/近景、幸福写真、エロトス、チロなど、初期〜現在の作品まで163点を収録。パッと開くと、その時の心に刺さる名言や写真に出合える1冊です。

【20年間取材したライターのレポも収録】連載のロングインタビューを再編集した長文の「荒木論」も8つ収録。巻末には、取材時の荒木氏の様子を劇場的に捉えたエピソードコラムや、現地で取材した海外展のレポート、著名人の撮影の様子なども掲載。

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