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2021.07.02

インタビュー

【VOCEインタビュー連載、幻の第1回】天才アラーキーの「愛ノ説明」。写真を撮ることは愛だから

美容誌「VOCE」で約20年続いた、写真家・荒木経惟のインタビュー連載。幻の第1回を振り返る。

──天才アラーキーが撮った写真を彼自身が説明する。それは「愛の説明なんだよ」。愛した写真の裏側を荒木経惟が自ら説き明かす新連載。

“「嫉妬」は人間の一番大切な感情。相手が浮気しても平気なんて愛も薄いし、知能指数も薄いんだよ”

海外で個展とかやるときにはさ、船に乗って陽子が流れていくやつ、あれが代表作だって言われるね。実際アレは、柳川の船遊びなんだけど、彼女が疲れて寝ちゃったんだよ。なぜ疲れたかっていうと、毎晩セックスしてたからなんだけど(笑)。これがね、よく見ると、新婚旅行なのに三途の川を渡ってる感じなんだよ。船にゴザ敷いてあるんだけど、下町では死んだときゴザを敷く風習もあってさ。それなのに彼女は、まるまって胎児の形をしてる。あとで写真を見て、ドキッとしたね。センチメンタルな旅、新婚旅行が、死への旅になっちゃった。その頃から生と、死の交ざり合ったことが人生だっていうかさ、そういうような感じを、無意識に撮っちゃったんだね。

昔ある時期にね、それまで撮った写真のベストスリーを選んだことがあるんだよ。まだ陽子が生きてた頃にね。で、まず選んだのが、親父が死んだときに撮った写真。下町だったから、いつも親父と銭湯行って、背中流したりしてさ。元気な肉体とか笑顔とか覚えてたのに、入院して、だんだん情けない顔に、衰えた肉体になっていくのがイヤだったんだね、俺は。だから、お見舞いには行かなかった。死んだあとも、その元気のない顔がイヤで、撮るときも顔をカットして、両手にある刺青、おばけ提灯とサイコロが彫ってあったんだけど、それを強調したわけ。でもあとから「ノブは来なかった」って寂しがってたって聞いて、ズシンときたけどね。俺だって、たとえばガンで倒れて、人に見られるのイヤだって気持ちはあるけど、でも、親しい人には来てほしいって思うもんなぁ。衰えた顔でも見に行けばいいんだ。会いに行くことなんだ、幻想じゃないんだ。そう、悟ったね。

オフクロは、入院なんかしないでばーっと死んじゃったんだけど、女性は素敵に、神々しく、凛凛しく撮るのが使命だっていうのが俺にはあるからさ。死に顔を、いいアングルで1点、素敵に撮った。あとは、夏、陽子がネ、スリップでゴロッとしてるいい写真があって、その3つを選んだの。でもその選択は、今考えると慈しみっていうかさ、想いだね。大切なものに対して、大切な感情とか思い出すのが愛というのかもしれないっていうね。

でも、今、60過ぎて、これから「再び写真へ」って撮り始めている時点において、1点選べっていうと、上の写真になっちゃうんだよ。今は死の陰りとか、イヤだからさ。これは、いい写真なんですよ。彼女のエロが出てるしね。女性の写真で、エロが出てないのはダメだね。それに、彼女が天女っぽいだろ? 愛なんてのは、相手を「うたう」ことだから。そういう感覚が必要なんですよ。自分よりちょっと上かなと思うことが、愛してるということだって気もするんだな。この女には負けてるなっていう思いが走んなきゃさ、男はダメだよ。私は、相手の女性の、いちばん大切なところを愛撫するからね。愛撫っていうかさ、愛しい目でレンズを通して見てるんだよ。

これ、たしか神戸だったと思うんだけど、陽子と俺は、案外常に旅行してたの。結婚するとつい生活にいっちゃうものだから、そうならないように月に1回外に出て、京都3泊4日とかでね。でも1日は絶対喧嘩するから、自由行動にしようとか、そういう旅。いつも旅行するとさ、俺はホテル入るとすぐ……なんだな。で、そのあとはね、気持ちも身体も、いい感じにエロティックになってる。それから服を着替えて、ディナーに行くっていうパターン。食事にはちゃんと正装で行こうっつって、彼女、自分できちんとメイクして、ドレスアップしてね。俺もちゃんとピッと蝶ネクタイなんかしてさ、決めるわけ。その前に1枚、バシッと撮るわけですよ。そのときの写真なんだよ、これ。よくないわけないだろ。

あれで結構嫉妬深かったんだよ、彼女は。旅行ってさ、どうしても途中で不満が出るじゃない。たとえば嵐山行って、俺がちょっときれいな女とか見ちゃって、そうしたら不機嫌になるとか、それで帰りの新幹線気まずいとか(笑)、そういうことはけっこうあった。でも、嫉妬がないと愛にならない気がするね。感情の中でもっとも大切なのは、嫉妬ですよ。愛が強いから、嫉妬するんだよ。だって「嫉妬」の反対は「諦め」になっちゃうだろ。最近、自分の彼女が浮気しても平気な男とかいるけど、そういうのは愛が薄いっつーか、血液が薄いっつーか、知能指数も薄いんだよ。愛が薄いってことは、知能指数も薄いんだよ。だからね、嫉妬力がないと、愛は薄まるってこと。

陽子のいいところは、俺は「娼女」って言ってるんだけど、そういう部分を持ってたところだね。娼婦っていうのは、物凄く残酷でしょう。男の一途な愛に対しても、一途な金に対しても残酷なんだよ。そういう残酷さを持ってない女は、魅力的じゃない。でもその反面で彼女には清純なとこだとか、いろんな要素がいっぱいあったわけですよ。つまんないよ、単純なのは。複雑で、ミステリアスで、こいつ絶対亭主にも教えない秘密持ってるという、そういう不気味な女に俺は惹かれるね。陽子は死ぬまで、ずーっとミステリアスだったよ。だから、ずーっと付き合うっていうのは、もしかしたら、そういうミステリアスな部分を探し求めようっていう力が働いているのかもしれないネ。

女は、服とか下着は、今日これと決めたらこれでいくっていう、せっかちな感覚がないとダメですよ。ずーっと同じじゃいけない。持続はいけないんだ。「その瞬間」の気分で決めなきゃ。人間の最初の勘っていうのは、けっこうたいしたもんなんだからさ。恋愛でもさ。たとえ男が何かプレゼントしても、「あなたがくれたものより、でもこっちのほうがいいでしょ」っていう積極的なところがなくちゃな。陽子だって、俺がプレゼントしたものでも、気に入らないと着なかったね。でもちゃんと大事にしまっておいたりしてたんだけどさ。

陽子に出会って俺も変わったし、彼女も変わったね。愛は、お互いを変えることだから。俺の言葉では「変容」って言うんだけどさ、お互いの中に、どんどん変わった様式が増えてくる。愛っていうのは、そうやってお互いにぶつかりながら、ジグザグに、天に向かっていくことだよ。ひとりじゃジグザグできないだろ。ふたりで、天に向かうということが、ま、愛ということですかね。ヤッホー。

【プロフィール※連載当時ママ】あらきのぶよし

1940年東京生まれ。千葉大工学部卒後、カメラマンとして電通に入社。’64年『さっちん』で第1回太陽賞受賞。’72年フリーに。海外での評価も高く、欧州を中心に大規模な個展を多数開催。ジム・ジャームッシュはそのエネルギーを「竜巻のような愛」と表現した。写真にも、言動にも愛を貫く、時空を超えた写狂人。

(取材・文/菊地陽子)

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