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日本の聖地「神社」に残されている謎を解き明かす!「アースダイバー」の新境地

アースダイバー 神社編
(著・写真:中沢 新一)
2021.05.21
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アースダイバーとは何か

本書は、21世紀に入って以来、連綿と続けられてきた中沢新一さんによる思想的営為「アースダイバー」シリーズの(単行本ベースで)4作目にあたります。

「アースダイバー」に初めて出会う方のために、その由来を簡単に説明しておきましょう。
アースダイバーとは、アメリカ先住民に伝わる神話から名づけられています。

陸地なき時代、多くの動物が水底にもぐり、何かをつかもうとしていた。成功したのは、1羽のカイツブリ(水鳥)だった。カイツブリは水底から、一握りの泥をつかんできた。それは陸地の材料となった。

カイツブリのように深く深くもぐるならば、何かをつかむことができる。それまで存在しなかった何物かを得ることができる。アースダイブとは物事のはじまりへと遡行する行為のことです。

これを認識したときの中沢さんの行動はとても印象的でした。
彼は自転車(ママチャリ)を手に入れ、東京の各地を周遊しました。あちこちを見てまわったのです。すると、それまで多くの人がふれていなかった東京のすがたが浮かび上がってきました。この土地に生きていた人――弥生人、縄文人そして旧石器時代人――文字を持たないわたしたちの祖先の生活が見えてきたのです。

中沢さんはこの方法を大阪にあてはめ、『大阪アースダイバー』を執筆します。続いて、近世以降に築かれた人工の土地、築地と明治神宮を考察して、『アースダイバー 東京の聖地』を上辞しました。

なぜ神社だったのか

さて、本書『アースダイバー 神社編』です。

「アースダイバー」シリーズは、いよいよ人間の精神が聖地とどのように響きあっているのかを解き明かすために、もっとも深い場所へとダイブしていきます。

中沢さんはこう語っています。

今度のアースダイバーは、聖地の地形や歴史を調査することをつうじて、聖地の感覚が発動するその「精神のきわめて深い場所」の構造を探究しようという試みである。私たちは探求の場所を、日本の神社に選んだ。そこが私たちにもっとも馴染み深い聖地であるという理由からだけではなく、神社という日本の聖地には、人間の精神の秘密にかかわる多くの謎が、ほとんど手つかずのままに残されているからである。

そういう基本構造をもった聖地のまわりに宗教というものが組織されてきた。その意味では聖地が宗教の始まりを準備したとも言える。聖地の基本構造は、人間という存在のなりたちをシンプルに表現しているものだから、どんなに社会が変わろうと技術が発達しようと、その本質は不変である。ところが宗教は文化の産物であるから、宗教を生んだ社会の仕組みが大きく変わると、聖地に集う神々の性格まで変え、その組織や思想まで変化されてきた。聖地の構造は不変だが、宗教は変化して進化をとげていく。その意味で聖地は宗教よりも根源的である。

人はなぜ聖地を求めてしまうのか。なぜほかの場所ではなく「そこ」でなくてはならなかったのか。
これはきわめてアースダイバー的な主題であり、始原の人々が否応なしに抱いてしまう信仰、そして聖性について語っています。探究するのは神社という日本ローカルな場ですが、あくまで素材にすぎません。むしろ世界のあらゆる人が否応なしに抱いてしまう感情、生活そのものを支配してしまうことさえある大きな思想について述べています。
本書は「アースダイバー」シリーズのひとつの到達点であると言ってもいいかもしれません。

アースダイバーを読むと、幸福を感じる

中沢さんは、主として大正時代に活躍した民俗学者・折口信夫について、こう語っています。
「折口の本を読むと、幸福を感じる」

折口の文章から、中沢さんが何を得たかはわかりません。しかし、「アースダイバー」シリーズの読者は、きっとこう思っていることでしょう。

「『アースダイバー』を読むと、幸福を感じる」

わたしたちはたしかに長い長い歴史の末に生まれた者であり、気が遠くなるほど昔から続いてきた人間の営為の結果なのだ。その深くて広い風景は、家のまわりにあるなんの変哲もない山や川にもひろがっている。わたしたちの心の中にも、今なお存在している。それは、なんて素晴らしいことなんだろう!

今そこにいるあなたは、ひとりじゃない。

そう語ってくれる本は、決して多くはありません。
ご存じのとおり、あらゆる学は細分化しています。近年のめざましい進歩はそこから生みだされましたが、総合の学はほとんどありません。ゆえに、「人間とは何か!?」というような大きな問いに接すると、統一見解を出すことが難しくなってしまうのです。群盲が象をなでたときのように、みな自分のふれたものについて正確に語っているにもかかわらず、全体像を把握している人はほとんどありません。

アースダイバーは深く潜ることで、全体を見る視野を得るこころみであると言ってもいいでしょう。

中沢さんが優れた本を何冊も執筆されている明治の大学者・南方熊楠(『熊楠の星の時間』など)は、こんな意味のことを語っています。

ただ砂浜に寝転がっているだけでも、そのへんの漁師と知識ある者は違う。知識ある者は、そこから見える山や島や海の由来を知っている。やってることは砂浜に寝転ぶという同じことだが、知識がある者のほうが心中で遊ぶ場所はずっと広い。知識があるほうが楽しいんだ。

多くの読者にとって、「アースダイバー」はとても幸福な体験を提供するものになっています。
シリーズが続刊されることを願ってやみません。

  • 電子あり
『アースダイバー 神社編』書影
著・写真:中沢 新一

人気シリーズ「アースダイバー」が、いよいよその関心の中心である、神社を取り上げます。
生命にとっての普遍的聖地に加えて、ホモサピエンス・サピエンスにとっての聖地、そして古代の日本列島に居住した縄文系と弥生系(倭人系)にとっての聖地(のちの神社)の心的・歴史的な構造を探っていきます。
主な取扱い神社は、以下の通りです。
大日霊貴神社(鹿角大日堂) 諏訪大社 三輪神社 出雲大社 和多都見(海神)神社 志賀海神社 穂高神社 伊勢神宮などなど
神社に残された祭儀に秘められた思考を遡っていくと、アメリカ先住民、アジアの少数民族、ネパール、東南アジアなどとの深いつながりが明らかになります。
また、同時にこの列島に数万年にわたって繰り広げられてきた、われわれの祖先の前宗教的・宗教的思考の根源とその展開が解明されていきます。人気シリーズ「アースダイバー」が、いよいよその関心の中心である、神社を取り上げます。
生命にとっての普遍的聖地に加えて、ホモサピエンス・サピエンスにとっての聖地、そして古代の日本列島に居住した縄文系と弥生系(倭人系)にとっての聖地(のちの神社)の心的・歴史的な構造を探っていきます。
山とは、海とは、蛇とは、太陽とは……。
歴史の無意識の奥にしまいこまれた記憶を甦らせる魂の冒険へ、いざ。

目次
プロローグ 聖地の起源
第一部 聖地の三つの層
    第一章 前宗教から宗教へ
    第二章 縄文原論
    第三章 弥生人の神道
第二部 縄文系神社
    第四章 大日霊貴神社(鹿角大日堂)
        東北の続縄文   地名起源伝説
        太陽神の聖地に建つ大日堂
    第五章 諏訪大社
        縄文の「王国」   蛇から王へ
        御柱祭りの意味
    第六章 出雲大社
        蛇   タマ
        神話の建築
    第七章 三輪神社
        ナラの原像   血と酒の蛇
        蛇と鑑の確執
第三部 海民系神社
    第八章 対馬神道
        はじまりの島   ムスビの神
        渚の神話学
    第九章 アヅミ族の足跡
        海の民の末裔   日本海ルート
        太平洋ルート   
    第十章 伊勢湾の海民たち
        太陽の道   海人と鳥
エピローグ 伊勢神宮と新層の形成

レビュアー

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草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/

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