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主人公は「何でも屋」を自称するエンジニア。ある日、仲間たちと開発した広告ブロッカーアプリがインドネシアで突然売れ始めるところから物語は始まる。そこには思いもよらぬ事実が──。 これまでになくリアルに現代のインターネットをひもとき、まだ見ぬ近未来を感じさせる『ハロー・ワールド』が、吉川英治文学新人賞を受賞した。元エンジニアである藤井太洋さん自身の体験も色濃く反映された作品の誕生秘話を、担当編集の奥村とともに明かす。
エンジニア出身の作家として書いた“私小説”
吉川英治文学新人賞受賞作『ハロー・ワールド』を手に、藤井太洋氏と担当編集者
奥村 最初は2016年3月の『小説現代』、新人作家特集号で表題作の短編「ハロー・ワールド」を寄稿していただきました。もともとは私が藤井さんのデビュー作『Gene Mapper』を読んで、まるでハリウッド映画を観ているような面白さに感動して、会いに行ってからのお付き合いですよね。藤井さんの作品は、不思議と明るいんです。SFって、たいてい暗いですけど(笑)。
藤井 ディストピアのほうが簡単ですから。主人公が生きているだけで物語になる(笑)。でも、相当なディストピア社会でも人は結構、明るく生きるものです。
奥村 そのあたりが藤井さんは独特ですよね。とても評価しているところなんですけれども。
藤井 「ハロー・ワールド」に着手したのは、ちょうど子どもが生まれ、日本SF作家クラブの会長を拝命した頃。2016年の1月でした。生活のリズムがガタガタに崩れている状態で、なかなか書けなかったんです。最初はもっとスリラー要素に富んだフィクションのITものを考えていたんですけれど、ちょっと書きあぐねていたんです。「自分の体験をもとに書いてもいいですか?」って相談したんですよね。
奥村 主人公の名前が「文椎泰洋」(ふづい・やすひろ)ということで……。
藤井 完全に自分の名前をモジっています(笑)。
奥村 SFというより私小説。結構、実際に体験したことに基づいていますよね。藤井さんは、海外へ行くと必ずデモに当たるという方のようなので(笑)。
藤井 必ずじゃないですが……タイへ出張したら3日後に来るはずだったデモ隊にホテルを取り囲まれたり、中国で軽く軟禁されたりしています(笑)。
奥村 パリではイエローベスト、アメリカではアンチトランプのデモにも遭遇していますよね。何かに当たるというのは作家にとって得難いものがある。藤井さんは持っていますよ。
GoogleやAmazonを実名で登場させたわけ
藤井 まだ携帯電話がGPS付きのスマホじゃなかった頃、アメリカの砂漠の真ん中でAmazonの配送車に後ろからコツンとやられ、警察にうまく場所が伝わらず立ち往生した経験も、少し形を変えて描いています(2話目の「行き先は特異点」)。
奥村 今回の作品では、みんなが知っているAmazonやGoogleを実名で登場させているんですよね。
藤井 たとえばAmazon、Google、Apple、Facebookに仮の名前を与えたら、複雑で何が何だかわからないし、手触りのまったくない巨大なモンスターになってしまいますよね。インターネットを扱う多くの作品は、巨大企業が1社だけだったり、あっても対決している2社しか描かなかったりする。でも、そうではないからこそ、インターネットは豊かなんです。小説にする上で、ここがスキップできればすごく簡単に書けるんだろうなというところも結構あったんですけど、基本的に噓はほとんどない形になったかなと思います。あれだけ大きなプラットフォーマーが群雄割拠していても、それなりに交流できる、公共性のある場所として機能している。そうしたインターネットの魅力を伝えられたと思っています。
奥村 Twitterなどでも、「よくぞ書いてくれた!」というコメントをいっぱいいただいて、みんなにすごく期待されて、愛されている作品だと感じました。
藤井 私の周りにいるエンジニアも喜んでくれて。「やっと書いてくれたか」とか、「自分たちの知っている世界がやっと物語になった」と言ってもらいました。
奥村 藤井さんには、「私にもわかるように書いてください!」とお願いしたんですよね。私のような“情弱”にわかれば、皆さんわかるだろうと。だから、かなりかみ砕いた内容になっていると思います。それでいて、自分がキーボードを触って書いているような快感もある。
藤井 そう言っていただけるとうれしいです。
“社会のバグ退治”として必要なベーシックインカム
元エンジニアの藤井太洋氏が『ハロー・ワールド』誕生秘話を語る
奥村 最初は短編だったところから、連作として文椎の成長を追っていく形にしようということになり、3話目の短編を書いていただいたときには、「革命小説にしましょう!」と言っていたんですよね。「これからの世界をどう変えていくのか」というテーマを持った小説です。
藤井 言われた瞬間、このリアルな道具立ての中で、どうやって革命が起こせるかなと……。
奥村 でも、実際に起こせましたね。
藤井 そうですね、非常に貧しい資本の在り方みたいなものに対して一つ声を上げ、最後に本当に革命が起こせたので、良かったと思います。
奥村 でも実は1話目から、そういう小説ではありますよね。藤井さんの気質としても、「世界を変える!」という大きさがあるんです。だから、ずっとそれを書いてほしいなと思っていました。
藤井 当初は書くことを考えていなかったのですが、思わぬところで作品の肝となったのが「ベーシックインカム」でした(5話目「めぐみの雨が降る」)。誰に対しても、死ぬことのない権利を供給する仕組みです。これは、私たちが生きている社会が持っている本質的なバグ退治なんですよ。
奥村 藤井さんは、内閣府が日本発の破壊的イノベーション創出を目指す「ムーンショット型研究開発制度」で7名選出されたビジョナリー会議構成員のうちの1人です。先日行われた会議でもベーシックインカムに言及されたとか。
藤井 今までの科学研究開発ではあまり考えられていなかったものに目を向けてもらう機会になれば、と考えています。ベーシックインカムは、私たちが次に求めるべき人権です。それが日本で始まったら素敵だなと思いますね。
奥村 「働かざる者食うべからず」はもう古いと。
藤井 そうですね。昔は庶民は政治には関われなかったし、借金が返せなければ牢獄にぶち込まれた。そういう時代が長らく続いた後、「選挙権」や「破産」というものが“発明”されたわけです。
奥村 確かに、発明ですね。
藤井 同じように、ベーシックインカムも発明しなきゃいけないものじゃないかと思っているんです。
奥村 そうですね。大きな発想の転換になりますね。
藤井 今回の作品は2018年の5月に書き終えましたが、その半年後、アメリカの中間選挙が近づいている民主党の議員を中心に、ベーシックインカムや「現代貨幣理論」が議論されています。
奥村 そうでした。オカシオ=コルテス議員が提唱した、誰もが就労できる就労保障プログラムですね。
藤井 現実に追いつかれた感じで驚きました。ベーシックインカムに関しては、これからもさまざまなフィクションの中で描いていきたいと思います。面白い小説を書く使命とは別のミッションですが、少しでもいい社会になれば、と。SF作家の特権ですね。
演劇に情熱を注いでいた学生時代
奥村 藤井さんが作家になるまでについて、お話いただきたいんですが、もともとは東京芸大を目指されていて、ICU(国際基督教大学)に入学されたんですよね。
藤井 現役のときに芸術学部を受けたのですが、入学したのはICUの教育学科です。当時、ICUは試験が他の大学よりも早かったので、試験慣れしておこうと思って受けたんです。ICUがどんなところかも知らなくてですね(笑)。
奥村 芸大とICUって、だいぶ遠い気が(笑)。藤井さんはICUに入った後、演劇もかなり熱心にされていたんですよね。確か、平田オリザさんの……。
藤井 はい、青年団の手伝いをするチームに入っていました。平田さんの世代は皆さんしっかり勉強して卒業しているのですが、そのあと彼らが社会人になると演劇をする時間がずれて、そこに付き合っているうちに学生の本分がだんだん疎かになっていきました(笑)。ゼミの先生の部屋にはよく行っていましたが、結局2年生の途中で中退しました。
奥村 当時は脚本を書いたりもされたのですか?
藤井 まったく。まさか自分が書くようになるとは思っていなかったですね。書くようになったのは、会社員になってからです。といっても、プレスリリースやユーザーサポートの手紙、ユーザーガイドですけど(笑)。フィクションは全く書いていなかったですね。でも、実際に書き始めてみると平田さんの作劇の演出はすごく参考になりました。
奥村 そうなんですね。間近でご覧になられて。
藤井 平田さんの演劇では、まるで録音したかのようなリアルな言葉遣いが使われますけど、実際に録音をするとあんなふうにはならないんです。すごく練られた、それでもすごくナチュラルで飾らない、舞台っぽくない言葉なんです。
奥村 なるほど……、ああ確かにそうだ。藤井さんの作品にも生きていますね。
藤井 平田さんの文体は意識しているところがあります。
奥村 藤井さんの文章は、近未来やテクノロジーを描きながらも、その情景がすごく浮かびます。何か湿度のようなものがあるんですよね。『ハロー・ワールド』ではある新しい仮想通貨の仕組みなども出てきます。私はあまり詳しくないので100%わかっていないところがあるのですが、それでもすごく面白い。
藤井 あれは実際に仮想通貨を取り扱っている人でも、いろいろな読み方ができてしまう部分だと思います。金本位制が終わったくらいのパラダイムシフトで世界の経済を変える仕組みを提案しています。でも、この作品はそれを説明する小説ではありません。文椎が目の前の問題にどう立ち向かっていったかという話なので、仮想通貨と経済の仕組みについては、わかるギリギリのところまで書いて完成させました。結果的に、私自身はすごくエキサイティングな経済システムの第一歩が踏み出されたと感じているのですが、そこはわからなくても、挿絵のように「何かが起きた」というのを感じて読んでいただければと思います。
奥村 吉川英治文学新人賞では審査委員の恩田陸さんも、そのエキサイティングな仕組みを理解されて「課税するっていうアイディア、すごいよね」とコメントされていましたよね。
藤井 はい、お気づきになられていました。流石だと思います。
奥村 確かに、そこまでわからなくてもすごく楽しいんですけれど、わかったらもっと楽しいだろうなという、そうした奥深さも『ハロー・ワールド』の魅力です。
FBIのリストに“Taiyo Fujii”の名前が並んでいる!?
奥村 打ち合わせでは、画帳みたいなものを開いて絵を描いて説明してくれたり、鏡文字を書かれたりするので、頭の構造がちょっと普通の人とは違うんじゃないかなと思います。プログラミングはどこで学ばれたんですか?
藤井 初めに就職した会社を辞める頃から、少しずつプログラミングを書くようになりました。1998年か1999年頃ですね。その後、本格的にやるようになったのは、ちょうどMacのOSが変わったときです。それまでアップルが作っていたのはMac OSという自社製のOSだったんですけど、2001年にスティーブ・ジョブズが戻って来て、彼がネクストという会社で作っていたOSに入れ替わったんですよね。
奥村 ああ、そうですね。
藤井 ネクストのOSは、UNIXという汎用コンピューター用のOSを元に作られているのですが、中で動いているプログラムのほとんどは、そのソースコードのプログラムが公開されているものでした。Macユーザーにとっては、それまでブラックボックスだったものの設計図がいきなり登場したような状態だったわけです。しかも書き換えれば動く。それがすごく衝撃的で。誰が作り始めて、誰がどんな変更をして、という履歴が全部残っているソフトウェアのコードを見ることに熱中しました。もし自分でそれを取り換えたければ、プログラムをもう一度自分で作り直して自分のMacで動いているものと取り換えてしまうことができる。さらには、Appleや世界のコミュニティにこっちにしなよ、って提案することもできるんです。自分のコンピューターを動かしているプログラムが、一企業の作るソリッドなものではなくなって、たくさんのパーツが結びついたものに変わった瞬間に、プログラムって面白いなと思ったんですよね。
奥村 すごいことですよね。
藤井 それで、実はその年、私はあるセキュリティーホールを発見していまして……。
奥村 ええ!? そこでも出会っちゃってるわけですね。
藤井 はい(笑)。Mac OSⅩの2つ目のバージョンが出たとき、いち早く手に入れてインストールしたんですけど、すごいバグを見つけたんです。ブラウザに入れるURLに、Macの中で動いているUNIXというプログラムのコマンドを直接入れることができて、それを実行させることができるという……つまり、そのURLをどこかの掲示板に書いておけば、それを踏んだ人が私のプログラムを実行してしまうという、本当にあってはならないバグだったんですよ。それを見つけた瞬間、私は何千万台か、下手すると1億台くらいのコンピューターに侵入できる手段を持ってしまったわけです。
奥村 すごい……。それで、どうしたんですか?
藤井 アップルに連絡したら、10分後くらいに「いや、わかってる! わかってる! すぐ直すからそれまで黙ってて!」みたいなメールがすぐ返ってきました(笑)。
奥村 リターンが早い(笑)。本当にヤバかったんですね。
藤井 でもそのとき、反射的にアップルに連絡をするというふうに、自分のマインドセットがなっていたことには、結構、感動したというか。
奥村 そうですよね、悪事を働くんじゃなくてね。
藤井 はい、正しきインターネット市民の振る舞いを(笑)。
奥村 そうした倫理観は藤井さんの中で貫かれているように感じます。この『ハロー・ワールド』の登場人物にもね。
藤井 ちなみに、FBIでは「セキュリティ関係の発見者」や、「誰が直したか」、「悪用されたケース」といったデータベースが作られているんです。そこに発見者として私の名前も並んでいるんですよ。
奥村 Taiyo Fujiiでですか? かっこいい!
藤井 はい(笑)。メールアドレスはだいぶ前のものなので、今とは違いますけどね。
奥村 オープンソースってすごいですね。
藤井 私が参加した頃は、世界中でそれが当たり前になっていた時代です。今はもう、企業がオープンソースでソフトウェアをどんどん出している状態ですので、個人ではもう目が届かなかったりして、だんだん企業にシフトしていますね。
分断されてしまったインターネットの世界
インターネット世界の豊かさを描ききった『ハロー・ワールド』の魅力を編集者が明かす
奥村 『ハロー・ワールド』の続編は、どうしますか?
藤井 続編は……もしあるならば、きっと長編になるでしょうね。分断されてしまったインターネットと対決する話になると思います。
奥村 分断されてしまった、というのは?
藤井 『ハロー・ワールド』で文椎が歩いているインターネットというのは、一つのIPアドレスで、ほとんど同じルールで使うことができるインターネットなんですよ。でも現実のインターネットは変わりつつあります。代表的なのは中国ですが、強いファイヤーウォールで切り取られています。ロシアなども、徐々にインターネットの分離が起きている。このサービスが無くて、あのサービスはない、というような形で始まっています。東南アジアのイスラム諸国はポルノを禁止していますよね。
奥村 なるほど、そうですね。
藤井 今のところはポルノサイトが見られない程度なのですが、恐らくポルノ画像に対してもフィルタリングが徐々に始まっていくでしょう。そういう分かっている部分もさることながら、EUが始めている権利主張型の分離も大きな問題になると思っています。たとえば「リンク税」は採決されてしまいましたね。
奥村 問題になっていますね。
藤井 出版社や新聞社の代理をする形で、プラットフォーマーが記事の抜粋をウェブに掲載するときには、その掲載使用料を払えという法律が通ってしまいました。誰も望んでいないのに。
奥村 そうですね、書くほうも望んでいませんよね。
藤井 はい。出版社側も、それで検索されなくなったら誘導されなくなってしまって、売り上げがガタ落ちしてしまうという。実際に、似た制度を先に導入していたスペインとドイツでは出版社と新聞社側が音を上げて無料に戻したという経緯もあります。でも、今度はEU全体でそれを通してしまった。EUは一昨年からcookieをとっていることを強制的に表示しなければならなくなっていて、最近しつこくダイアログが出るようになりましたね。あれも、EUがインターネットに新しいルールを持ち込んだ結果です。その動きがどんどん強まっていくでしょうから、EUによるプラットホームとの対決の壁が、私たちの見えるところに立ちはだかってくると思います。日本も日本で、あらゆるダウンロード作業、たとえば、スクリーンショットを撮ることまでも違法という、誰も頼んでいない法律を通そうとしている状況です。罰が課される、犯罪になる部分が小さいとはいえ、いままで普通に行ってきたことが違法化されてしまうんです。ウイルス作成罪なんかも乱用されている状態ですからね。ほかの国で普通にできていることが、なぜか日本では罪になるということがすごく増えているんです。
奥村 善の人が使えばすごく善になっていくインターネットが、分断されがちだということですね。
藤井 分断されるとその善性も生かしにくくなりますからね。インターネットの使い方は国によって、それぞれのローカル色に塗りつぶされてきて、それがだんだん目に見える形になりつつある。もし文椎がもう一度出てくることがあれば、そういう状況に対して立ち向かうことになるだろうと思うんですけど……まだ何も考えていません(笑)。エンジニア出身の作家として今書かなければいけない作品は『ハロー・ワールド』で書いたと思っているので、小説家として他のいろいろな方面にチャレンジしていきたいなと思っているところです。
気になる次回作のテーマは?
奥村 藤井さんが小説を書き始めたときは、iPhoneで書かれていたんですよね。テクノロジーに詳しい藤井さんが、どのような道具を使っているかも気になります。
藤井 今は普通にMacで書いています(笑)。iPhoneも使いますけどね。
奥村 どこかで急にネタを思いついたりしたときなど?
藤井 そうですね。Mac でもiPhone でも、Scrivenerという小説執筆用のソフトを使っています。原稿を章や部で細かくフォルダに分けて、いろいろなシーンなどを小さなテキストにして書いていくスタイルをとっています。
奥村 Wordはお使いにならないんですよね。
藤井 はい。ただ、最近は縦書きで読み心地を見ながら書くときなどは、EGWORDというMacの縦書き用のソフトを使っています。これは村上春樹さんも使われているようですね。
奥村 藤井さんはSF大会などで海外に行かれることも多いですが、そういう意味ではどこでも書けますね。
藤井 今年は5月末に北京、夏にダブリン、9月には韓国ソウルのSF大会にも招かれています。出席する会議ではパネルディスカッションなどに登壇します。
奥村 『ハロー・ワールド』に海外の方がどう反応されるか、気になります。
藤井 どのように受け止められるのか、早く翻訳してほしいですね。
奥村 そんな多忙な藤井さんから、次回作の原稿の冒頭部分をいただきました。ご出身でもある奄美大島の時代小説になります。『ハロー・ワールド』とはガラリと変わったテーマですが。
藤井 はい。明治維新前後の話です。丸田南里という島の英雄の話を書こうと思っています。
奥村 西郷隆盛も絡んできますね。
藤井 そうですね。丸田南里は、薩摩藩による植民地支配を受けていた奄美大島から砂糖の専売を辞めさせるために奔走した英雄なんです。
奥村 当時はすごく重い砂糖税がかかっていたようですね。
藤井 税金もそうですが、他の作物栽培を禁止するようなこともやっていました。田んぼをつぶしてサトウキビ畑にしなきゃいけなくなって、それまで作れていた米も、砂糖を売ったお金で買わなければならなくなったんです。西洋諸国がコーヒーやカカオ、ゴムの木を通じてしていたことを、薩摩藩はまるっと真似していたわけです。その名残は今でも沖縄や奄美大島にはあります。沖縄料理に昆布がよく出てきますよね。でも沖縄では昆布は採れない。あれは当時、大阪商人が持ってきた昆布を買わされていたからなんです。
奥村 北の海でゆらゆらしているもので、沖縄では採れないのに、いっぱいあったわけですね。
藤井 そうなんです。
奥村 読ませていただきましたが、藤井さんの書かれるものは、やっぱり明るくて力強い。辛い歴史に触れながらも、ディストピアではない希望がある作品になりそうです。楽しみにしています!
1971年奄美大島生まれ。2012年、ソフトウェア会社に勤務する傍ら執筆した長編『Gene Mapper』を電子書籍で個人出版し、大きな話題となる。これに大幅な加筆修正をした増補完全版『Gene Mapper -full build-』を2013年に出版。2015年に『オービタル・クラウド』で日本SF大賞を受賞。主な著書に『アンダーグラウンド・マーケット』『ビッグデータ・コネクト』『公正的戦闘規範』など。今年3月、『ハロー・ワールド』が第40回吉川英治文学新人賞を受賞。
- 電子あり
【第40回吉川英治文学新人賞 受賞】
専門を持たない「何でも屋」エンジニアの文椎の武器は、ささやかなITテクニックと仕事仲間と正義感。郭瀬と汪の3人でチーム開発した、広告ブロッカーアプリ〈ブランケン〉が、突然インドネシア方面で爆発的に売れ出した。〈ブランケン〉だけが消せる広告は政府広報だ。東南アジアの島国で何が起こっているのか――。果たして彼らはとんでもない情報を掴んでしまった。文椎は、第二のエドワード・スノーデンなるか?
スケール、エッジ、ハートを兼ね備えた旗手による、静かで熱い革命小説。
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