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発酵の科学「臭いものはなぜ旨い?」納豆、くさや、シュール・ストレミング!

2018.03.16
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発酵食品ときいて思い浮かぶもの。納豆、チーズ、キムチ、ぬか漬け、ヨーグルト……、とにかく体にいい。しかし、発酵について何を知っているのかというと、さっぱり。毎日、口にしているものなのに。

『日本の伝統 発酵の科学』というタイトルに、少々、尻込みしそうになるのですが、サブタイトルにもなっている「微生物が生み出す『旨さ』の秘密」という観点で読むと、なるほどなぁ、凄いなぁと思う部分がいくつも出て来ます。

例えば納豆菌は、「稲の藁に多数生息している」という事実。お恥ずかしながら、この歳になって初めて、藁に入った納豆が売られていることに合点がいったわけです。

現在は、吸水させた大豆を1時間蒸し煮して冷まし、培養した納豆菌の胞子を均一に散布してプラスチックの容器に盛ります。そして通気性のあるポリエチレン・フィルムを被せ、約40度で18~24時間発酵させ、一昼夜10度以下に保つことによって熟成させるそうです。

納豆が体にいいことは私でも知っていますが、なぜいいのかというと、全く説明できない自分がいて苦笑いです。

納豆は、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)や動脈硬化の予防に有効な食べ物で、血液の凝固に関与するビタミンKが単に蒸しただけの大豆に比べて50倍以上、ビタミンB2、B6、ナイアシンは、大豆の1.2倍から5倍程度、含まれているそうです。そしてそれを生産することができるのが、納豆菌だというのです。

また、大豆のタンパク質は、長期間の貯蔵に耐えるよう固い構造をしており、繊維質も絡まっているため、煮豆にしても半分以下しか消化できないといわれています。

消化が悪いと栄養価も下がってしまいます。だから、消化吸収をよくするためにタンパク質を分解する発酵食品、納豆が誕生したというわけです。

このように発酵食品は、栄養価を向上させる、長期保存が可能になる、旨味を引き出すという3つの役目を担っていたのです。

本書では納豆のほかに、味噌、醤油、漬物、ヨーグルト、チーズ、食酢、みりん、鰹節、パン、酒などについて、作り方、栄養素、発酵をになう微生物である菌の話などが書かれているのですが、なるほどそういうことだったのか!と思ったのは、お酒に関するくだりでした。

ワインの裏ラベルを見ると、よく酸化防止剤(亜硫酸塩)と書いてあり、亜硫酸というなんだか物騒な文字から、こいつが二日酔いの原因か!と敵対視していたのですが、まったくの濡れ衣だったことがわかりました。

酵母は、食品中の糖分を分解してアルコールを生産するといいます。ですから、大昔から酒造りに用いられて来ました。

発酵によってできる乳酸菌も酵母と同様、栄養豊富な環境を好むのですが、酵母よりも生育が早いため、乳酸菌が大量繁殖してしまうと原料がお酒にならないそうです。だから、亜硫酸塩は醸造の工程で乳酸菌を抑制するために添加されるのであって、出来上がったワインに添加されるわけではないのです。

もう1つ、へえ?と驚いたのが、私たちが日ごろ使っている「旨味」という言葉。実はこれが世界に認知されたのは、2002年だということです。

食品の味わいを構成する基本の味は長いこと「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」の4つとされ、日本では1908年に東京帝国大学教授の池田菊苗(きくなえ)博士が発見したグルタミン酸ナトリウムの味わいが、この4つでは説明できないことから「旨味」の存在を主張してきたそうです。

それが2002年には第5の基本味としての「旨味」が世界に認知され、英語でもローマ字の「Umami」が国際的に使われるようになりました。

そして「旨味」には、昆布だしの主成分であるグルタミン酸ナトリウム、鰹だしのイノシン酸、椎茸だしのグアニル酸も含まれ、これらはすべて日本人研究者の手によって報告されたと知り、誇らしい気分になりました。

さらに、少量のイノシン酸またはグアニル酸を混合すると、グルタミン酸の旨味が最大で10倍以上、増強します。というと難しく聞こえますが、要は昆布だしと鰹だしを合わせるとことにより、より旨味が増すというのです。

普段、私たちが何気なくやっている料理法が、理にかなったものだったというわけです。

ほかにも、香り濃度測定装置によって数値化された「臭い食品ランキング」は、へえ?の連続でした。 

日本の食品で1番臭いものといえば、そうです、焼きたてのくさや。
塩水に魚の内臓などを入れて発酵させたくさや液に、ムロアジやトビウオなどを数時間漬けて天日干しした干物で、肥だめのような悪臭がするといいます。
2番目に臭いのが、鮒鮓。酸っぱくて生臭いそうです。
しかし、くさやも鮒鮓も世界ランキングで見ると5位と6位。それよりも臭いものが、世界には4つもあるのです。

見事、世界ランキング1位に輝いたのは、スウェーデンの塩水漬けニシンの缶詰シュール・ストレミングの開けたての臭い。これは缶詰の中で発酵が進むので、熟成が進んだものは発生したガスで缶が膨張し、爆発寸前だといいます。

塩を増やせば、ここまで発酵は進まないのですが、日照の少ないスウェーデンでは塩が貴重で節約する必要があったとされ、中世ヨーロッパのバイキングたちが、ニシンを樽詰めにして航海していたのが起こりだといわれています。

思わず、猛烈な腐臭を放つニシンを、死を覚悟して最初に食べた男に思いを馳せてしまいました。

食品の保存から生まれた発酵技術によって、今では当たり前に食べている発酵食品ですが、ここまで来るには、食中毒という命がけの試行錯誤があったのでしょう。

  • 電子あり
『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』書影
著:中島 春紫

味噌、醤油、納豆、清酒、酢、漬物、鰹節──。微生物を巧みに使いこなし、豊かな発酵文化を築いてきた日本。室町時代にはすでに麹菌を造る「種麹屋」が存在し、発酵の技術は職人技として受け継がれてきました。多様な発酵食品の歴史をたどりながら、現代科学の視点からも理にかなった伝統の技を紹介、和食文化を支える世界に類を見ない多彩な発酵食品、その奥深い世界へと読者を誘います。

”素材の旨味を引き出す名脇役である調味料の多くは、微生物の力を借りて作られる発酵食品である。「さしすせそ」と覚える日本料理の基本調味料は、「さ」砂糖、「し」塩、「す」酢、「せ」醤油、「そ」味噌の5つだが、そのうち「す」「せ」「そ」の3つが発酵食品である。さらに、漬物はもちろん、納豆、鰹節、清酒、さらにうま味調味料の製造にも微生物の力は欠かせない。”(「はじめに」より)

レビュアー

黒田順子

「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。

公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp

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