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猫が人の言葉を喋ったら、無敵の小説ができました。──猫兄弟と日々の食卓

チマチマ記
(著:長野まゆみ)
2017.06.30
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昔はかたくなに犬派でした。いまも犬は大好きですが、それと同じくらいに、ここ何年かですっかり猫にも魅了されてしまった。といっても、実際に猫を飼っているわけではなく、猫の画像や動画を観ているうちにメロメロにされた口です。

もしも猫が人の言葉を喋ったら、気ままで、天性の甘え上手で(ただし猫たちはそのことに無自覚で)、ちょっとだけ大人ぶっている気がする。なんでそう思うのかというと、本書の主人公チマキと弟のノリマキの兄弟猫が、まさしくそんな感じだったからです。

『チマチマ記』は、その2匹の兄弟猫が、一風変わった宝来(ほうらい)家の人々と暮らす日常を猫目線で描いた長編小説。著者は、2015年に第43回泉鏡花文学賞と第68回野間文芸賞をダブル受賞した長野まゆみさん。

本書の感想を端的に述べるなら、ほっこりできて癒(い)やされる。何か大きな事件が起こるわけでもなく、どろどろの陰湿な人間関係もありません。ただただ穏やかに日常が流れてゆく。それなのに面白いのは、やはり猫目線の小説だからでしょう。

兄猫のチマキは、端午の節句に食べる粽(ちまき)のように「耳がとんがって」いる。耳はキャラメル色のマーブル、毛色は全体的に白っぽいクリーム色。本書はそのチマキの一人称なのですが、「俺」や「私」ではなく「ぼく」を使うことで、大人ぶったチマキの可愛らしさが強調されている。

大人ぶっているくせに「すべてのにゃんこに生まれつきのバランス感覚がそなわっていると思うのは誤解だよ」とか地の文で言うから、余計に可愛い。「にゃんこ」ですよ。もし人間が同じように自分たちのことをフニャフニャした表現を用いて言い表したら、ほぼ間違いなくコメディかサイコホラーです。が、猫ならゆるされる。猫の特権。

そのチマキを凌駕する愛らしさなのが、弟のノリマキです。ノリマキは鼻先だけが白くて、あとはチョコレートブラウン。このノリマキが打算抜きの天然キャラで、あどけない子猫の魅力がフルスロットル。バンザイしたり、尻餅をついたり、でんくりがえししたり、あれやこれやヘンテコなことをしたり、もうとにかく本書最強の癒やしキャラ。

このとてつもなくチャーミングな2匹の兄弟猫は、だいたい1階のキッチンか小食堂にいます。そこで作られる料理が、とにかく美味しそう。本書では料理に関する知識がたくさん披露され、もうそれを読んでいるだけでも空腹になります。本書に出てくる料理はヘルシーなものが大半で、不健康そうなものばかり食べている僕は、自分の食生活を猛省しました。

宝来家の料理を作っているのは、カガミさんという若い男性です。彼の母親の小巻さんのことを、チマキも「おかあさん」と呼ぶ。小巻さんの夫は故人で、前妻がいる。名前は、マダム日奈子。そのマダム日奈子は未だに宝来家と仲良くしていて、ちょっと変わった人間関係なのです。

他にも個性的なキャラクターたちが続々登場するものの、繰り返しになりますが、そこにメロドラマのような嫌な人間関係はありません。ゆっくりと、つつがなく四季が流れてゆく。それは、もしかしたら理想の日常なのかもしれない。現実の世界は騒然としていて忙しなく、暴力があり差別があり、だからさして美しくもない。けれども、だからこそ、この小説に流れる優しい空気は癒やしでした。『チマチマ記』、心が穏やかになれる素敵な小説です。

  • 電子あり
『 チマチマ記』書影
著:長野まゆみ

宝来家で飼われることになった迷いネコ兄弟のチマキ、ノリマキ。大きな洋館に住むこの大家族は、ちょっと複雑な関係ながら皆個性的で仲が良い。そしてこの家にはいつもいい匂いが漂っている。それは、専業料理人である息子のカガミさんが作る毎日の料理。春野菜のドライカレー、豆乳チキンスープ、里芋あんの桃まんじゅう……家族の健康を考え、美味しくて体にいい食事を作り続ける。そんな彼が気になるのは、居候の桜川くんだが。

レビュアー

赤星秀一 イメージ
赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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