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選考委員の伊集院静さん、角田光代さんに激賞され、第7回小説現代長編新人賞奨励賞に選ばれたデビュー作『白球アフロ』から約5年。これまでの3作で野球を題材に物語を紡いできた朝倉宏景さんが、新刊『風が吹いたり、花が散ったり』で取り組むのは盲人マラソンだ。
主人公のフリーター・亮磨は、視覚障害のある女性・さちと偶然出会い、伴走者として盲人マラソン大会に挑むことになる──。早くも《本年度青春小説の大本命》と評判の本作に込められた思いを、担当編集者二人と共に語る。
盲人マラソンの伴走練習会にも参加
塩見 刊行4作目となる本作で、初めて野球以外の題材を選ばれたわけですが、まずその理由から聞かせてください。
朝倉 デビュー5年、ここで作家としてひと勝負できる作品を書かなければ未来がない! ということで新たな題材に挑み、いま書ける最高のものを目指そうと思いました。
里村 朝倉さんは元高校球児。でも、フルマラソンは走ったことはなかった?
朝倉 趣味でジョギングはやっています。今回、盲人マラソンを書いたのは、自宅近くの公園でジョギングしていたとき、視覚障害のある方と伴走者が、一緒にトレーニングしているのを見たのがきっかけです。けっこう速くて、僕も走りにはそこそこ自信があるのですが、追いつけないくらいの速さ。しかも、二人でにこやかに話しながら走っている。それで興味がわいて、「盲人マラソン」について調べ始めたんです。
里村 盲人マラソン協会の伴走練習会にも参加されましたね。
朝倉 アイマスクを着けて、見えない状況で走るという体験をしました。視界がさえぎられると歩くこともままならないのに、さらに走るというのは怖かったですね。伴走者を本当に信頼していないとできないものだと実感しました。伴走者の指示も、曖昧ではダメなんです。「ちょっと左」とかではなく、「1m左」とか「90度右に曲がる」と具体的に言わないといけない。坂道や水たまりがあったら、走りながらどんどんそれを走者に伝える。そういう反射神経が必要とされることもわかりました。
塩見 資料の読み込みなどをされたうえで、本作の執筆に取りかかられたのは去年のあたまの頃でした。
朝倉 その前にプロットを出しましたよね。そのとき、「このままだと、ちょっといい話で終わってしまうから何か仕掛けが欲しい」と言われたのをよく覚えています。
塩見 朝倉さんが『白球アフロ』で小説現代長編新人賞奨励賞を受賞されたとき、選考委員の角田光代さんは《平凡な人生、私たちの生のちっぽけさというものに対する、きれいごとではない本気の肯定が、この作品にはある》と評されていて、私もこれまでの3作を担当し、朝倉さんがストレートな物語をカタルシスとともに書けることははっきりわかっていました。本作のプロットにも朝倉さんの良さは十分に出ていたんですが、そこに何かを加えないと、前3作との変化が出てこないと思ったんです。
朝倉 それで主人公の亮磨が、視覚障害のあるさちと出会うとき、ある大きな「嘘」をつくという要素が加わりました。主人公のネガティブな面を、物語の核に据えるのは勇気がいることでしたが、この「嘘」で作品に背骨みたいなものが通って、いい緊張感が生まれたと思います。
里村 「感動のおしつけ」ではない物語になり、そこにこの作品の良さがありますよね。全国の書店員のかたなどにもすでに読んでもらっていますが、男性女性を問わず、熱い感想や応援をいただいています。
塩見 朝倉さんの作品は、これまでも若い女性読者の比率が比較的高く、現代のエンタメ作家としては貴重な存在です。
里村 この作品も、多くの女性に読んでもらえたらと思います。ご自身では読者層を意識されていますか?
朝倉 いえ、書くのに必死です(笑)。
ラストシーンでは大きなカタルシスが!
塩見 亮磨を取り巻く女性の描き方も、今回の作品のキモになっているのではないでしょうか。朝倉さんは『白球アフロ』と第2作の『野球部ひとり』で男たちの世界を描かれ、3作目『つよく結べ、ポニーテール』では女性を主人公にした野球小説に挑まれた。ここで女性の描き方を練り込んだことが、本作につながったように思います。
朝倉 確かに、そうかもしれません。
里村 ヒロインはさちと、亮磨のアルバイト先の先輩である愛。ネタばらしになるので、詳しくは言えませんが、愛も生きにくい状況の中で頑張っています。さちも愛もある意味ピュアすぎるがゆえに、描き方を間違えると、共感できない女性になってしまいかねない。
朝倉 少しでもバランスを崩すと危ない、綱渡りのような感じでした。ちゃんと描けたかどうかは、読者にゆだねるしかありませんが……。
里村 これまでの朝倉さんの作品をすべて知る我々としては、本作で明らかに腕を上げたなと感じます。間違いなく、描くキャラクターの幅が広がっていますから。ただ、ハンディキャップのあるかたを描くという点では、慎重にならなければならないところもありました。その分、時間をかけていただいたと思っていますし、それぞれができること、できないことを超えてすべてのひとに共感してもらえる要素がたくさん詰まっていると思います。
塩見 本作の執筆でいちばん苦労したのはどういうところですか?
朝倉 亮磨とさちが盲人マラソン大会を走るクライマックスシーンです。陸上競技の小説であればライバルとのデッドヒートを描けますが、これは市民ランナーの話なので、あくまでも自分との闘いです。それだけで盛り上げるのはなかなか難しい(笑)。それで、「ある約束」を守るということを走る目標に据えようと考えたら、わりとすんなり書けました。そこに至るシーンの中でさまざまな人間関係を描いたからこそ、マラソン大会でデッドヒートがなくても読めるものになったのかなと自分では思っています。
里村 クライマックスシーンでは、とにかく大きなカタルシスが得られるので、皆さんもぜひ読んでください。
こんなブラックバイト、実際にありそう
塩見 ラストの盲人マラソン大会に至るまでは、亮磨のバイト先である居酒屋が重要な舞台のひとつになっていますが、そのエピソードも面白いですね。実際にこんなブラックバイトがありそうだな、という感じで。最初にいただいた原稿では、居酒屋のシーンが延々と続いていたんですよね。面白いからつるつる読んでしまいましたが(笑)、そのあとでだいぶ修正していただいて。
朝倉 ぎゅっと短くしました。つい調子に乗って書いてしまったんです(笑)。
塩見 『風が吹いたり、花が散ったり』というタイトルも悩みに悩みましたよね。
朝倉 結局、原稿の中の一文から取りました。目が見えずに走るとき、いちばんに感じるのは「風」ですよね。それで「風が吹いたり」という言葉が出てきて、風が吹けば花が散るということで……。
里村 つまり、「人生はそんなに楽じゃないよ」ということですよね。
朝倉 そうです(笑)。
塩見 『白球アフロ』をはじめこれまでの作品は、キャッチーなタイトルで読者をつかむものが多かったのですが、本作は物語を読んだあとに、その人の中に響いていくような書名だと思っています。ある意味挑戦的ですが、内容に自信がある作品なので、これで行こうとなったのです。
里村 次回作は家族小説になると聞いていますが、アルバイトをしながらの執筆というスタイルはしばらく変わらないですか?
朝倉 まだ続いています。就職した会社を辞めてから約7年間、警備のアルバイトを週4日くらいして、残りの3日は朝から夕方まで執筆。そういう生活です。アルバイトの日も、出かける前の早朝に書くことがあります。
里村 次回作の原稿、楽しみにしています。
1984年、東京都生まれ。東京学芸大学教育学部を卒業後、会社員となるが、大学時代から続けていた小説の執筆に専念するため退職。2012年、『白球アフロ』で第7回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞。他の作品に『野球部ひとり』『つよく結べ、ポニーテール』がある。元高校球児でポジションはセカンド。
- 電子あり
小説現代長編新人賞出身の新鋭が放つ、青春小説の大本命!
視覚障害のある、さちの伴走者となり、盲人マラソンに挑むことになった亮磨。クソみたいな夢も、ブラックバイトの日々も、2人で走ればどうでもよくなってくる──。でも、僕は彼女に嘘をついている。本当は隣を走る資格なんてないんだ。
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