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【芥川賞候補の傑作】賭博場からヌード劇場へ。こんな人生も愉快です!
本書は、表題作の中編「ぴんぞろ」と短編の「ぐらぐら一二」の2本立て。著者は、パフォーマンスグループ「鉄割アルバトロスケット」を旗揚げし、'14年に川端康成文学賞を、'16年には野間文芸新人賞を受賞した戌井昭人(いぬい・あきと)さんです。
僕は本書で初めて、戌井さんの小説を読んだのですが、「ぴんぞろ」も「ぐらぐら一二」も、これまでにない新鮮な読後感。正直に告白すると、途中までは“読み方”がわからなかった。
よほど革新的で、奇をてらったものでないかぎり、恋愛小説でもSFでもホラーでも、読み方には“型”があります。推理小説なら、謎が存在し、その解明が目的。読者はそうした“型”によって、未読の状態であっても、その作品の内容を漠然とながらも予測し、最低限の安心感をえて、作品を買うかどうかの判断基準にしている。
ところが、本書はそうではなかった。型らしい型がない。この手の小説の読書体験に乏しい僕には、かえってそこが魅力的で、新鮮に感じたものでした。
中編の「ぴんぞろ」は、脚本家の「おれ」が主人公。名前は今井といって、零細芸能事務所の経営者に頼まれ、芝居の脚本を書いている。
この物語の舞台は浅草からはじまり、山奥のひなびた温泉場へと移り変わるのですが、そのきっかけというのが、チンチロリンのピンゾロでした。
チンチロリンというのは、サイコロを使った博打のことで、ピンゾロは、サイコロを3つふって、その3つとも、1の目が出る役のこと。ピンゾロは、役が5倍になります。
今井は、芸人の座間カズマに誘われて、チンチロリンを行っている賭場に行くことに。座間はそこでイカサマを使い、ピンゾロを出す予定だったのが、予想外のアクシデントが発生し、その結果、脚本家の今井が、座間が赴く予定だった温泉場に向かい、泊まり込みで働くことになりました。
今井の仕事は、宴会の司会です。単なる宴会の司会をやれという話だと思い込んでいたら、実はヌード劇場の司会で、今井も一瞬困惑するのですが、順応性が高いのか、状況に流されることに慣れきっているのか、ことのほかすんなりと自分の立場を受け入れます。そうやって、温泉場で今井が世話になるルリお婆さん、その孫娘で、踊り子のリッちゃんとの仲を深めてゆく。
ところで、驚かされたのは、「ぴんぞろ」の舞台が現代だったこと。スマートフォンなど最新の情報端末が登場せず、今井の生活も、彼が足を向ける場所も、関わる人々からも、現代人の匂いがしなかったため、昭和か、そうでなくても20年ぐらいは過去が舞台の小説だと思い込んでいたところ、最後の方になって、スカイツリーの単語が出てきたので、びっくりしました。
著者の戌井さんに、そこで読者をびっくりさせようなんて意図はなかったはずですが(YouTubeの講談社のチャンネルで、『ぴんぞろ』文庫化のインタビューが掲載されているのですが、戌井さん本人がそこで、小説の「設定は現代」と、あっさりおっしゃっているので)、それにしても、みんなが生き急ぎすぎて、息がつまりそうになる現代社会において、今井たちのような生き方、人生を送っている人たちもいるのかもしれないと思うと、なんだか愉快です。ところどころに、くすりと笑える描写もあって、そこがまた本作の魅力でした。
もうひとつの収録作、短編の「ぐらぐら一二」は、指をなくした男の話。こちらも不思議な読後感の小説です。「ぴんぞろ」同様、目を見張るほどの派手さやダイナミックな展開はないけれど、そのぶん、落ち着いて活字を追うことができる。それはそれで読書の楽しさなのだと、あらためて教えてくれた小説でした。
「サイコロの目ってのは、すべて意味があるんだ。人生なんて意味はねえけどよ、賽の目は宇宙に繋がってるからよ──」
浅草・酉の市でイカサマ賭博に巻き込まれた脚本家の「おれ」は、まるでサイコロの目に導かれるように、地方のさびれた温泉街に辿り着く。そこであてがわれたのは、ヌード劇場の司会業。三味線弾きのルリ婆さんと、その孫リッちゃんとの奇妙な共同生活の末に訪れた、意外な結末とは。笑いと哀切に満ちた傑作。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。
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