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【アヘンの復讐】中国外交が本気で目指す「清国・明国」再現構想
(著:三船恵美)
ソフトで協調的な外交方針を見せるかと思うと、一方では軍事力を誇示し強硬な対外行動とるなど、矛盾しわかりにくい中国の外交姿勢ですが、一体中国はなにを目指しているのでしょうか。習近平体制下の中国を中心に、胡錦濤、江沢民の時代にさかのぼり、中国外交を検証したのがこの本です。
1.国家の主権 共産党による一党独裁の支配体制
2.国家の安全保障
3.領土の保全
4.国家統一
5.中国憲法に定められた国家の政治体制と社会の大局の安定
6.経済社会の持続可能な発展の具体的保障
この6つが中国が決して譲ることできない「核心的利益」とよばれるものです。
この方針の根底にあるのは中国共産党の危機意識というものです。この危機意識はどこから生まれてきたのでしょうか。
──一九八九年の第二次天安門事件を契機とする資本主義諸国からの対中国制裁とソ連・東欧からの民主化の波の二つのプレッシャーへの危機意識である。中国共産党は、これらを欧米による「和平演変」であると警戒してきた。「和平演変」とは、資本主義勢力が社会主義国内の勢力と結託して社会主義体制を平和的に転覆させようとしている陰謀、という考え方である。──
このような危機意識を持つ中国共産党が支配する「政府」とはどのようなものなのでしょうか。まず党、軍と国家との関係を考える必要があります。
──中国は「中国共産党による一党独裁」の国家であり、国家は共産党に指導され支配されている。軍は「国軍」ではなく「党軍」である。つまり、中国では、中国共産党と人民解放軍が「国家上位」にある。──
このことを踏まえて「中国政府」というものを見なければなりません。それを抜きにして中国の国家意思をつかむことはできません。たとえばこのようなことがあるそうです。
──日中閣僚級会談では、「国務院外交部長」が日本の外務大臣のカウンターパートを務める。新聞等でも外交部長はしばしば「外相」と表記される。しかし、中国において外交実務の最高位は、外交部長ではなく、外交担当の「国務院国務委員」(職位は国務院副総理に相当)である。──
つまり、「日本外務省が中国外交部と渡りあったところで、中国共産党中央に一蹴されてしまえば、交渉はたち消えてしまう」ことがおきるのです。ちなみにアメリカの国務長官に対する中国のカウンターパートは「外交担当の国務院国務委員」だそうです。
政府といっても党の意向次第で方針は覆ることになります。ここが中国のわかりにくさであり、「中国の高官がいっていることと、中国の実際の行動に、大きな乖離(かいり)」を生じさせていることにもなっています。
このわかりにくさをさらに広げているのが言葉(=理念、概念)の解釈の違いです。たとえば「民主」という言葉が中国ではどのように解釈されているかというと……。
社会主義市場経済の中国における「民主」という言葉は自由民主主義国家の資本主義社会における「民主主義(デモクラシー)」とはまったくことなるということを意味しているのです。
──デモクラシーは個人の自由と平等を尊重するかんがえかたであるが、「(中国の)民主」は集団主義を重視する考えかたである。──
ここには自立した個人という考え方はありません。国家(=政府)が認めた集団の一員としての個人とでもいうべきなのでしょう。どこまでも中国は「共産党や国家によって指導された集団主義」であり「この点を踏まえないと、中国が主張する『公正合理な世界秩序』も『新しい国際関係』も理解することはできない」のです。
国家(=政府)は民衆の上にあり、その国家の上に党があるということなのです。そしてこの集団主義は「愛国主義」とも結びついていきます。中国共産党神話の維持のために取り入れられた「愛国主義教育」とはどのようなものなのでしょうか。
──愛国主義教育とは、中国の過去の屈辱に終止符を打つ「中華民族の偉大なる復興」を果たすのが中国共産党であり、「中国の夢」を実現できるのは中国共産党しかない、という政治神話の政治的教育である。──
「中国の過去の屈辱」とはアヘン戦争のことであり、まずは中国はアヘン戦争以前(清帝国)に戻すことが課題とされています。つまり中国共産党(習近平)がいう「中国の夢」とは「富強大国」を目指すことであり、硬軟あわせ持った外交姿勢はその達成の手段にすぎません。ちなみに清帝国は中国史上最大の版図を誇っていました。
やっかいなのは世界第2の大国が“危機意識”を持ったまま「中華民族の偉大なる復興」「中国の夢」を目指していることです。しかも手本(!)としているのが清帝国だけではありません。時には明帝国の活動も含まれているようです。「二十一世紀海上シルクロード」構想には明帝国の鄭和の偉業が反映されています。
版図では清帝国を意識し、海上活動は明帝国を意識している……つまりは中国が陸海それぞれで最大、最強であった過去の時代を規範にしているのです。習近平のいう「一帯一路」(シルクロード経済ベルト構想と海上シルクロード構想のこと)はこの清・明2大帝国を意識したものなのでしょう。
中国は以前の「韜光養晦」(能力を隠す)の外交方針から、2009年に「堅持韜光養晦 積極有所作為」(韜光養晦を堅持して、やれることを積極的にやる)へと方針を切り替えました。これは「中国の夢」実現が近くなったと考えるべきなのでしょう。「孔子学院」という“文化進出(!)”「AIIB」という積極行動もそのあらわれだと思います。
この本で中国の軍事戦略やプロパガンダ等の対外活動、中国首脳の発言がなぜ起こったのか、彼ら指導部(中国共産党指導部)の意思はどのようなものであったのか、なにを目指しているのかを実に詳細に解き明かしています。今後の中国を考える上で必読のものです。
中国は近代国民国家ではないのかもしれません。中国政府の目指す“国家像”と西欧近代のいう“国家像”とは違っているように思います。(日本でも近代国民国家でない“国家像”を目指す勢力は存在していますが……)
中国共産党指導部が持ち続けているこの危機意識には“ルサンチマン”の影も落としているようです。ところで、ルサンチマンはこのようにあらわれることがあるそうです。
──敵を想定し、その対比として自己の正当性を主張するイデオロギーにある。こういったイデオロギーは、敵が悪の元凶とし、だから反対に自分は道徳的に優れていると主張する。「彼らは悪人だ、従ってわれわれは善人だ」ということになる。──(wikipediaより)
このルサンチマンの構造は中国だけではありません。私たちの周りにもその姿がうかがえるように思うのですが……。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。
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