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【黒歴史】女性蔑視の中、OL(職業婦人)はどのように定着したか

2016.06.16
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NHKで放送中のテレビ小説『とと姉ちゃん』で、主人公が家族のためにと就いた仕事がタイピストでした。職業婦人の憧れであり、高給取りの職業としてドラマで取り上げられていました。では、この職業婦人の花形、タイピストたちは実際はどのような職場環境で仕事をしていたのでしょうか……。この本は当時の雑誌記事を中心にタイピストたちの実態を描き出したものです。

原さんは小説風のしつらえを使い、彼女たちの世界をよりビビッドに描いています。重要なシーンがまるで舞台(ドラマ)のように感じられ、当時の彼女たちの悩み、ぶつかった壁がリアルに感じられます。

さて、タイピストはいつあらわれたのでしょうか……。
──一九世紀、働く者の規範的モデルが肉体労働者だったとすれば、二〇世紀、それは男性であればサラリーマン、女性であれば職業婦人(ビジネスガール)だった。いわゆる知的労働者である。さまざまな社会の変化や、時代の流れで、都市型の知的労働者が社会の中心原理としてすがたをあらわしてきた。おおむね一九二〇年代のこと。日本でいえば大正から昭和初期にかけてのころである。このときが、OLの原像「職業婦人」が知的女性労働者として誕生した時代なのである。──

彼女たちは近代の誕生とともに新たに生み出された(必要とされた)集団でした。「前代未聞の社会現象・労働環境のなかに、これまたはじめて女性が進出してきたのである。それ自体、モダンな社会における超モダンな集団」だったのです。

この新しい集団は、既成の観念(先入観)に、いやおうなく対峙し、時には無理解からくる横暴さと戦うこともありました。認められるにはいくつもの障害があったのです、理不尽な無視を含めて。

彼女たちのタイピストとしての誇り、職業倫理をあらわしているエピソードがあります。是非、心して読んで欲しいと思います。理不尽ともいえる男性社員からのだめ出しに、こう答えたそうです。
──結局、何がおっしゃりたいのでしょうか? お返しした書類のどこに不満があるというのでしょう。英語の綴りでしょうか。文法上の誤りでしょうか。それとも印字の濃さでしょうか。どこを手直しいたしましょう。具体的にご指摘くだされば、今後の参考にもなり大変助かるのですが。いかがでしょう。──
凜(りん)とした姿が浮かんできます。実にはっきりと答える彼女たちには思わず喝采を送りたくなります。

これはフィクションで描かれた部分ではありますが、架空のものだとは言えないと思います。あるいは多数の例ではないかもしれませんが、彼女たちの職業倫理の優れた部分をあらわしていると思います。ここにうかがわれるのは、彼女たちを女性というだけで軽くみている(遇している)、既得権と男性というだけで優位とされていた当時の“空気”というものです。女性軽視(蔑視?)という点では、女性を雑用係と考えている男性社員の姿が『とと姉ちゃん』でも描かれていました。それに対峙したドラマ中のタイピストのリーダーが示したのも職業倫理(=誇り)に基づく異議申し立てでした。

彼女たちへむけられた軽視やからかいの視線はこれだけではありません。この本に引用された多くの記事や図版が実態を明らかにしています。そこには男性社員の不安のあらわれという面もあったのでしょう。
──台所を離れ、大挙して労働戦線に進出してくることになる。そのとき、男性社会は不安にかられた。「自分の仕事を奪われるのではないか」。不安だったからこそ、反発してみせ、ことさら軽蔑してみせた。「女になにができる」。つまり、OLの原型だった職業婦人たちは、その誕生の瞬間から、男社会の冷たい視線をあびることになったのだ。OLの歴史、ひいてはオフィスで働く女性の歴史は、夢の挫折と、悲哀と苦悩とともにはじまったのである。──

引用された記事のいくつかからは、確かに彼女たちへむけられた“からかいの視線”を感じ取れるものがあります。その視線は彼女たちを「オフィスの花」と持ち上げる(?)視線と裏腹なものであることはいうまでもありません。現在ではセクハラ、パワハラ行為として問題になる振る舞いも見られます。彼女たちは、あるいは旧態依然たる“家族制度”を攪乱する“トリックスター”という面もあったのかもしれません。

タイピストに象徴される女性の進出にどのように(既成)社会が対していたかをうかがわせる事件が起こりました。それは「丸ビル不良タイピスト事件」というものです。不良少女(!)による風俗紊乱が問題となり、一斉検挙を警察がおこなった際に、その中心人物に「ジャンダークのお君」と呼ばれた女性がいました。彼女は丸の内の女性事務員を語らい「多数の青年を弄(もてあそ)ぶ」、「不良少女ハート団」という組織の中心人物だったのです。

この「ジャンダークのお君」は「丸ビル内の女性タイピスト」として働いていました。それが世間の耳目を集める一因にもなりました。犯罪を犯した女性の特異性(=現代性?)を強調するためにあえて「タイピスト」という職業を冠して報道されたのではないかとすら思います。彼女たちへ向けた世間の好奇と恐れ、あるいは悪意すら感じられます。
──これまでの家庭内存在とは違い、彼女たちはより広く社会とまじわるようになってきた。そうした彼女たちの生態をさして、「堕落」や「虚栄心」と不安がり、はなはだしい場合には「娼婦化」と呼ぶ。封建時代には男子にとって都合の良かった「女らしさ」が喪失されることに恐怖し、彼女たちが仕事に精をだすようすを難じて、ときに「男性化」と称し、ときに「機械化」と断罪する。さらにはてきぱきと立ち働くその姿を揶揄(やゆ)して、「下品」な立ち居ふるまいと文句を言い、はては「不良」に違いないと断ずる。──

女性の社会進出についてまわる世間の偏見の原型がここにあらわれています。

関東大震災後の東京、そこに生まれたタイピスト(職業婦人、OL)が日本の近代の扉を大きく開けたことは間違いありません。この本は、時に「悲哀」を感じながらも、夢と誇りと新たな生き方を模索した彼女たちの姿を追った力作です。豊富な図版、多くの資料を使って描き出された彼女たちの姿には頭が下がる思いがします。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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