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【恋愛ミステリ】没落リゾートを舞台に、アガサ・クリスティー賞作家が謀る
(著:森晶麿)
県境にある乳房のような形をした半島の先端。そこから先は見渡す限りのオーシャンビュー。ホテルモーリスはそのような場所にある。コロニアル風の切妻屋根を被った白い建物がそれだ。ロビーに入ると、三層吹き抜けの天井から煌々(こうこう)とまばゆいシャンデリアが垂れ下がり、床は真っ白な大理石のフロア。ヨーロッパやインド、東南アジア地方の調度が自己主張しつつも見事なハーモニーを奏で、微かに香が薫る中、モーリス・ラヴェルの楽曲が流れている。
ホテル名やその創業者であるボレロ(本名ではないが)の名前から推すに、それらの由来はラヴェルなのだろう。著名なフランス人の音楽家と同名のホテルは、よほどの出不精でもない限り一度は泊まってみたい高級リゾート。さして旅行が好きでもない(別段、嫌いでもないが)僕だって立ち寄れるものなら立ち寄って贅沢な旅情に浸りたいものだが、それはホテルモーリスの過去の姿である。時間とお金にゆとりのあるセレブが宿泊していた隠れ家的リゾートは、ちょっとした事件の影響で、経営が傾いて潰れかけているのだった。
そんな、創業からわずか10年で栄枯盛衰を体現するホテルの新支配人に突如任命されたのが、本書の主人公・美木准(みき・じゅん)だ。支配人を任された理由は、ホテルの筆頭株主である芹川コンサルティングの社長で叔父の鷹次に命じられたからである。准は、前社長・鷹一の妾の子でもある。だから芹川ではなく、姓が美木。若いが、効率よく仕事をこなす准に与えられた役目は、経営のテコ入れ及びホテルの問題点を分析することだった。──加えてもうひとつ、かなり厄介な問題の処理を叔父から押しつけられていた。
新興ギャング〈鳥獣会〉。傍若無人なアウトロー集団が、ゴールデンウィークにホテルモーリスで宴会を開くらしい。そこで何か問題でも起こされたら、今度こそ斜陽のホテルは潰れて跡形もなくなるだろう。よって、ギャング集団の宴会を何事もなく終わらせること。そう厳命されたのだ。
でもそんなの、完全に無茶振りだろう。准にとっては降ってわいた災難でしかない。僕なら嘆息するし、やる気も出ない。何か適当に言い訳を考えて、そそくさと逃げ出したくなる。初めは准もそんなふうだった。ところが、オーナーの星野るり子に惚れてしまうや、現金なことにやる気が出てきた。気持ちはわかるぞ。僕もほっそりとした長身の色白美人は大好きだ(るり子さんのこと)。准と同じ状況になれば、俄然、バイタリティだって溢れてくる。それはもう、勢いよく噴き出す間欠泉のごとく。
まあ、それはそれとして、准がやる気を出したのはいいことだが、そもそもこのホテルはギャングが堂々と宴会を開くような危険地帯だ。要するに、鳥獣会の構成員がホテルの常連だったりする。彼らは普通の客として宿泊することもあるが、普通ではない客として宿泊することもまま……。たとえば暴力沙汰であったり、ホテル内で暗殺を企てていたり。
こんな具合に現実離れした設定が本書の魅力であり、全5話に登場する人々の絡みがとにかく面白い。准やるり子以外のホテル側のキャラクターだけを取り上げてみても、元殺し屋のチーフ・コンシェルジュ、日野。ホテルの創業者で謎めいた人物の、星野ボレロ。ギャルメイクのコンシェルジュ、那海など。個性の塊のような者たちが脇を固めるどころか、主人公の准を毎度食らい尽くす勢いだ。それに加えて、本書が明るいドタバタ劇の良質なミステリーに仕上がっているのは、著者の森晶麿(もり・あきまろ)さんがアガサ・クリスティー賞の受賞作家であることと無関係ではないはずだ。
僕は『ホテルモーリスの危険なおもてなし』が初めて読む森晶麿作品だったのだが、各話、ミステリーとしてひと捻り、さらにもうひと捻り工夫がこらされているのがグッド。中には「してやられた」と思わされたものもあった。個人的なお気に入りは、第3話の「けじめをつけろ、ドラゴン・フライ」と第4話「シェルの歌でも聴け」である。
前者はミステリーとしての仕掛けが面白いし、ラブストーリーとして読んでも楽しい。後者は、実を言うとそれまでの3話と比べて、ちょっと微妙かなと判断しかけたのも束の間、終盤になって……という作品だった。ああ、この著者は確かにアガサ・クリスティーの名を冠した賞を受賞された方なのだと実感した。
ところで、本書は文庫化に際して、特別付録「ホテルモーリス滞在備忘録」が巻末に追加されている(備忘録に登場する小説家のモデルは、作者の森さん?)。さらには、文庫本帯のICタグを読み取ると期間限定のスピンオフ小説「カモは誰だ?」が読めるのだが、これは恋愛要素の強い推理短編だ。『ホテルモーリス』のファンなら必読の内容。なんといっても、元殺し屋・日野の過去の恋愛が明らかになるのだから。のみならず、准とるり子の関係にも少し変化が見られるかも!?
そのスピンオフを読み終えて、ふと思ったことがある。実は本書は、推理小説の外殻に包み込まれたラブストーリーだったのかもしれない、と。各話、その濃度に差はあるものの、恋やら愛やらにまつわるエピソードが出てくるし、そもそもギャングが常連の危険なホテルの再建に准が乗り出した最大の動機も、るり子への特別な想いなのだから。
高級リゾートには恋がよく似合う。僕もいつか隠れ家的な高級ホテルに宿泊して、最高のおもてなしをされながら、特別な恋をしてみたいものだ。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。
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