今日のおすすめ
ケアとは“弱さ”を聴き出すこと。自分の枠に相手をはめないこと。
(著:鷲田清一)
これは“臨床哲学”を実践している哲学者、鷲田さんが独自の“ケア”という視点から行ったフィールドワークとでも言うべきものです。まずなにより聴くことから始める思索について書かれています。
──聴くことから始めて、絶対に出かけた言葉を先取りしない。「それはこういうことなんじゃないですか」ということを、先にできるだけ言わないで、相手に質問したりする中で、相手が言おうとしていることをまずはっきり言葉のかたちにし、そこで「一体何が問題なんでしょうね」とやるのです。問題が発生している場所というもの、そしてそこでの言葉というものを大事にし、いきなり大上段に構えた話はしない。──
鷲田さんがこの本に触れた、とあるインタビューの中で語った言葉です。ここには聴くことの難しさが語られています。相手の出かかった言葉をこちらが引きうけ“先取り”することは、聴き手の観念(思考)の中に相手をあてはめることになります。大袈裟に言えば一種の“絶対性(権力)”とでも呼ぶべきものが生まれていることになります。実は、相手の言葉に最後までつきあうということは、そんなにやさしいことではないのです。
─―医師がなにげなく漏らす言葉が、患者を傷つける。これをきつい響きだが「言葉のメス」と呼んだひともいる。そのことに医師が気づくためには、医師と患者の関係を「異文化」の接触としてとらえる視点が重要だと、佐伯さんたちは考える。住んでいる言葉の世界が違うのである。医師の説明や励ましの言葉が、患者にはひどい違和感と不安を抱かせる。─―
SP(模擬患者)コーディネーターに従事している佐伯晴子さんとの対話から出てきた言葉です。医者から患者へという一方向に言葉が絶対性を帯びて発生しているのがわかります。
“強い言葉”に対して、伝えたいことがいえない、訴えたいことができない、つい遠慮して(臆して)しまう場面はいたるところに見うけられます。
そのような“強い言葉”を排して鷲田さんが聴いた(臨床哲学した)13人の人が登場します。仕事は、お坊さん兼看護師、教師、歌人兼お坊さん兼ミュージシャン、性感マッサージ師、ダンスセラピスト、 生け花作家、ゲイバーのママや精神障害者の方々のグループホームに携わる人などです。どの人も「その人たちが日々接しておられる数多くの方々、そのひとたちはみなある意味でその存在に、深く深く〈弱さ〉を抱え込んでおられた。傷つきやすさ、脆(もろ)さ、壊れやすさを、といってもいい」人たちと関わって生きている人たちです。
彼ら、彼女たちは関わっている人たちの〈弱さ〉に対してどのようにふるまっているのでしょうか。べてるの家に関わっている人からこのような言葉を“聴き出して”います。
──病気を治すとか克服するとかいうことではなくて、人間には生きていくうえでいろんな苦労があるよね。どの苦労を選ぶ? そのセンスを重視するのです。『どんな苦労を選びたい?』と問いかけるのです。苦労を避けて通るとか回避したりするのではなくて、どっちにコロんだって人間苦労だよね、って。(略)いかに苦労をしないで済むかを追求するのではなく、当たり前の苦労との出会いを大切にする援助もそれ以上に大切である。──
ここには「支援しなければならないひととして見ることが、『病む』ひとたちの生きづらさを余計に生み」だしていることがあるのです。ですから大事なのは「生きづらさをいっしょに担うこと、いっしょに考えること」なのです。
そして、その果てに「めいわくかけて、ありがとう」という言葉が生まれてきます。この言葉は13人のうちのひとり、歌人で住職、ミュージシャンでもある福島泰樹さんのお寺にある、たこ八郎(もとボクサーで後にコメディアンとして活躍)さんを象(かたど)ったお地蔵さんの胸に刻まれた言葉です。
最終章で、この言葉をめぐる鷲田さんの思考は、読む人が“臨床”として体験してほしいものです。わかりやすい言葉の奥からケアとはなにか……、それは“ケアをする・ケアを受ける”といった一方向的なものではなく、もちろん仕事でもあり、さらには単なる慈善でもなく、なにかを分け合うものだということが浮かび上がってきます。
──ひどい「めいわく」をひとにかけられるような関係をだれかとのあいだでもちえたということに「ありがとう」……。が、そういう関係のなかではきっと、その関係のもう一方の端から、「めいわくかけてくれてありがとう」という声も生まれているはずだ。──
それが私たちが感じている孤独感、疎外感などといわれているものから抜け出せることに繋がるのではないでしょうか。「じぶんがここにいるということ、そのことをそのまま肯定できないという疼(うず)きが、年齢を問わず、ひたひたと浸透してきているのが、いまという時代なのかもしれない」。この本にはそのような“時代”と向き合うヒントがあふれています。
──厄介者として遠ざけられるのではなく、「めいわく」がまわりのひととのあいだに成り立ったことそのことに、たこは「ありがとう」と言いたかったのだろう。──
パスカルの正しさと強さについての思索を踏まえて、鷲田さんが示しているのは、人は他人とどのような関係を築いて生きていくのが正しいのか、という問いかけなのかもしれません。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。
note
https://note.mu/nonakayukihiro
関連記事
-
2016.02.24 レビュー
「モノを考えさせない時代」を笑う、愉快な哲学エッセイ
『哲学な日々 考えさせない時代に抗して』著:野矢茂樹
-
2015.12.09 レビュー
〝弱者だけが増え続ける〟いまの日本の病因と政策ミス
『弱者の居場所がない社会 貧困・格差と社会的包摂』著:阿部彩
-
2016.02.06 レビュー
日本人の強みは何だったか。「自分の道」を信じた7つの人生
『日本人のひたむきな生き方』著:松本創
-
2016.03.28 レビュー
【家族読み推奨】可能性の逆転劇。最先端の義足が宝物になる!
『義足でかがやく』著:城島充
-
2016.04.01 レビュー
【本屋大賞候補】収容所、差別、死地。少女3人の奇蹟を祈る感動作
『世界の果てのこどもたち』著:中脇初枝
人気記事
-
2024.04.02 レビュー
ホスト、立ちんぼ、トー横……慶応女子大生が歌舞伎町で暮らし取材してきた生の声
『ホスト!立ちんぼ!トー横! オーバードーズな人たち ~慶應女子大生が歌舞伎町で暮らした700日間~』著:佐々木 チワワ
-
2024.04.01 レビュー
人間力がすごすぎる、栗山英樹さんの熱い人生哲学
『信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ』著:栗山 英樹
-
2024.03.28 レビュー
理系に強い子どもに育てるヒント満載! 数学センスを磨く新しい勉強法
『中学数学で磨く数学センス 数と図形に強くなる新しい勉強法』著:花木 良
-
2024.03.26 レビュー
どこにでもいる!? 人間関係の悩みを生み出す人の生態
『職場を腐らせる人たち』著:片田 珠美
-
2024.03.27 レビュー
SNSでことばの事故を起こさない方法とは!? 日本語ラップは言語芸術!?『日本語の秘密』
『日本語の秘密』著:川原 繁人