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これは何かの冗談か? たった一人の男が体験した「芸能事件簿」
(著:なべおさみ)
高倉健、勝新太郎、加賀まりこ、石原裕次郎、美空ひばりなど昭和の著名人との出会いや、会話、関係、事件の数々。たった一人の人間が、これだけ多くの人や事に遭遇することが出来るのか? とただ驚くばかりだ。ここにはなべおさみが立ち会った世にも不思議な僥倖が沢山描かれている。
昭和の芸能界の決定的な裏面史といえる。でもそれはただ「裏面史」とは言いきれない。なぜならば、そこに描かれているのはすべてが「人の機微」のことだからだ。人の一生には「僥倖」というものが確かにある。しかし、その僥倖とは本当に偶然起こることなのだろうか? 著者は、本物と偽物、似非物(えせもの)の区別がつけられる審美眼を持っているからこそ、たくさんの僥倖の瞬間に立ち会えているのではないだろうか?
役者になりたいと心に誓った若き日々の友人や先生との対話、付き人時代に見たスターたちやプロダクションや妻との関係、役者になってから出会った人たちのこと。そして日航ハイジャック事件の全貌と現場で繰り広げられた乗客、乗員の言動や生きざま。これらすべては、偶然も必然も含めて、著者が確かに見た本当の景色である。
役者というのは「ハレモノ」のことかもしれない。日常ではない、自分ではない者に成りきり、演じることだ。その自分ではない誰かを演じる者同士が、その役割を果たす「本番」の中で、「確かにその人を見た」という瞬間があるのかもしれない。「役の自分」と「役を演じさせている自分」その混然一体となった「ハレ」(非日常)と「ケ」(日常)の世界を、ここに登場する人たちは生きているのだと思う。その「ハレ」と「ケ」の振幅を多く持つ人ほど、自分自身を常に突き付けられ、過酷であると思う。しかしながら、その「ハレ」と「ケ」を行ったり来たりしたことのある人でなければ、何が「本物」で、なにが「偽物」、「似非物」であるかも分かり得ないのだと思う。
そこには少年時代に偶然ジャズ喫茶で隣り合わせに座った白洲次郎に掛けられた「物にも、人にも、三種類ある。一つ、本物。二つ、偽物。三つ、似非物。これを見分けられる人間になりなさい」という言葉を大切して、実践して生きてきた著者自身の矜持がうかがえる。
ここに登場する人々はみな「ハレ」の世界に生きる人たちだ。「ハレ」とは「お祭り」であったり、「非日常」であったり。しかしその「ハレの舞台」のために、「ケ」の時間があるということなのだ。一人の時に、日常生活で何を考え、どこを見つめて、何を信じて生きているかということが「ハレ」の瞬間を生み出すのではないかと思う。
人生において見たい景色とは「僥倖」だと思わせてくれる愛しい1冊だ。そのために今があり、苦しい時間も耐えられると思わせてくれる。
同じなべおさみ氏の著書で講談社+α文庫から『やくざと芸能界』も刊行中。版を重ねている模様。
レビュアー
きなみゆり●1977年8月31日、東京都生まれ。
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