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2016.03.03

レビュー

【衝撃ベストセラー】昭和の芸能裏社会、なぜここまで書ける?

まるでなべおさみが撮った写真を見ているような感覚でこの本を読んでいた。白洲次郎、安藤昇、永六輔、水原弘、森田昭夫、勝新太郎、鶴田浩二など著名人たちのこぼれ出てくる人間性がよく伝わってくる。それも実在の著名人の知られざる、語られることのなかった素顔をだ。みな感情をにじませた美しい顔をしている。

第1章、2章は、付き人時代から見て来た著名人の素顔や、横顔、ポートレートだ。確かに、「ここまで書いていいのか?」というほど、「証言」と取れる内容も多い。しかし、ここまで書けるのは、なべおさみがその対象を愛し、見つめ、正対し続けてきたからだろう。ではなぜ、こんなに多くの著名人たちを、これほどの愛情を持って見つめてきたのか? それは、その人物たちが美しかったからだが、著者本人が、「美しくありたい」と思って生きてきたからではなかろうか?

容姿において生まれながらの美醜はあるかもしれない。しかし人間の美しさとは、「いかに人間らしいか?」ということなのだと思わされる。では「人間らしい」とは、どういうことだろうか? なべおさみは古代ヘブライ語の「クシュ」という言葉を使って考察する。「良い事、正常である事の反対」という意味の「クシュ」。「クシュミ」→「くしゃみ」。「クシュム」→「くすむ」。現在の日本語の中で多く使われている。「やくざ」の中にも「役者」の中にもこの「クシュ」が語源としてあるというのだ。そして「屑」もこの「クシュ」が語源であると、第3章ではそうした種類の人間を人類学的に考察している。

この日本という国は人類の、「最果ての地」である。つまり地球上のあらゆる場所からいろんな人間たちが渡ってきたことだろう。実に日本人のDNAとは多様な血を受け継いで形成されているのだ。その相容れない血ゆえに起こる諍いを、身分という階級や差別を持つことで、古くから世を丸く治めていたとも。人が受け継いだDNAは、身分が無くなろうがやくざが法律で隔絶されようが、その人の体内で厳然と守られ、それに則って生きていくものである。しかし、人間は人に揉まれていく中で、磨きがかかっていくものだとも思わされる。ここに登場する人々が美しいのは、人に揉まれ、世間を知り、人の機微を知り尽くしている人間たちだからだ。

第一に自分が「クシュ」でいられれば、自分自身を磨くことが出来るのだ。「クシュ」でいれば、多くの過ちを犯し、人から責められたり、後悔したりできるのだ。そうしたことは全て、他者ありきの話である。多くの人間とぶつかり合って、愛したり、愛されたり、傷ついたり、傷つけたりする中で、人は自分自身を磨いていけるものなのではなかろうか? 一人の人物を描くことで人間を描き、人間を描くことで日本の歴史を描き、日本の歴史を描くことで世界を描き、なべおさみが見た世界、人間、個人、なべおさみ自身が描かれている。燦然と輝いて生きている人間には、「それが何故なのか」ちゃんと理由があるのだと教えてくれる。

この本は昭和の芸能裏面史を綴ったベストセラーの文庫化である。ほかに、新刊として、昭和後期、芸能界に幅広い人脈を持ち、一方で裏社会の顔役ともなった著者が、自らが知遇を得た大スターやアウトローたちの素顔を描く『昭和の怪物 裏も表も芸能界』も各書評等で取り上げられ、話題となっている。

レビュアー

きなみゆり イメージ
きなみゆり

●1977年8月31日、東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。広告制作会社勤務を経てフォトライターへ。その傍ら飲食店を経営。趣味:旅行、読書、スノースポーツ。

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