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天下一品のズレっぷり「警視庁いきものがかり」配属のヤンデレ巡査
(著:大倉崇裕)
刑事畑一筋、叩き上げの警部補で鬼とまで言われた須藤友三は、ある事件で頭部に銃弾を浴び、捜査の一線からはずされることになる。その人事に頑強に抵抗した彼が放り込まれたのは警視庁総務部総務課。正式名称は「動植物管理係」。
現代では、動物と人間の関係もずいぶんと変わりました。かつては愛玩動物などという用語もありましたが、今ではもっと親密で「家族」と呼ぶのもごく普通。こうした現代、刑事事件の関係者が、なにか動物を飼っていたりすることも少なくなく、飼い主が殺されたり、あるいは容疑者として勾留されたりして、残されてしまうこともある。
動物愛護の風潮が高まる中、そうした動物を放置するわけにもいかず、設立された部署が「動植物管理係」。言ってしまえば「警視庁いきものがかり」。
この部署で須藤の“相棒”となったのが、公募で採用された巡査、薄圭子です。これがとんでもない変人で、動物のことにはとびきり詳しいが、人の世にはすっかり疎い。言葉さえ満足に通じないという人物でした。
二人のやりとりはこんな感じになります。
薄 「私もです。ひどい方向音痴で、地図を見てもちちんぷいぷいです」
須藤「ちんぷんかんぷん」
薄 「ジャングルとか砂漠だと、なぜか目的地に着けるんですよねぇ。それも予定していた時間に」
須藤「野生の勘だな……。前にも言ったが、この勘は缶じゃない。勘だ」
薄 「判ってますよぅ。缶じゃなくて勘でしょう。カンカン言わなくても判ります」
須藤にしてみれば頭の痛くなる話だし、強面中年の彼が制服姿の彼女を連れて歩いていると、しょっちゅう「そういう趣味か」と誤解されることになる。
しかし。「動植物管理係」に警官は彼らしか配属されていないのです。他の警官をパートナーにすることもできない。ここはヒマ部署中のヒマ部署なのでした。
しかし負傷するまでは第一線の敏腕刑事だった須藤。そして人間のことはからきしでも、動物のことでは南極探検隊からも声がかかるほど抜群に優秀な薄のコンビは、人の目ならぬ「動物目線」で、通常捜査の網の目からこぼれ落ちた事件の真相を暴いていきます。本書はそのシリーズ第3作です。
よく「キャラクター」とはギャップだと言われます。越後のちりめん問屋の隠居が天下の副将軍だったり、遊び人の金さんが実は江戸のお奉行様だったりと、昔から有名なキャラクターはギャップがあるものですが、相棒(バディ)ものの醍醐味もギャップではないでしょうか。本作のギャップは激甚で、須藤と薄の「噛み合わなさ」はもはや絶品。絶妙に楽しい会話劇です。
しかも須藤は、個人としてもギャップを抱えている。それは時勢とのギャップ。ペットが愛玩動物から家族になったように、捜査も変わっている。警察という組織も変容し、いわば官僚主義が主流になってくる。そうした時代、彼のような警官はそぐわない。彼は作中「世の中はいろいろ進歩しているからな」という言葉を漏らしますが、彼の境遇を考えると深読みしたくなります。
しかしただ「古いタイプの警官」というだけであれば、一種ステレオタイプでもあるかもしれません。しかし彼には「動植物係」の職務にいつの間にか順応する面もあり、どうも愛着さえ感じ始めている雰囲気があります。
楽しくユーモラスな作品なのですが、須藤はいまだ負傷の後遺症を抱えており、いつまで現役の警察官でいられるかわからないところがある。自分なき後の薄の行く末を、親友の石松にそっと頼んでいたりする姿はぐっときます。ベタな物言いで恐縮ですが「物語の深み」「奥行き」とは、こうしたことを言うのでしょう。
また古来より男子というものは、どこかネジのとんだ女性に惹かれる心理があるもの。男性読者は正直、薄圭子に抗いがたい魅力を感じることでしょう。須藤には共感し、薄にはヤンデレ的な魅力を感じ、しかも動物目線でミステリーとして新しい。読むとぐいぐい惹き込まれますよぅ(薄口調)。
レビュアー
作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に〝中年の青春小説〟『オッサンフォー』、現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。
近況:アスリート、DJ、漫画家、作家など、各界の熱きガンダムファンが集まって絶品の馬肉を食すという会に出席させていただいたが、ジオングやサザビーなどフラッグシップ機がびゅんびゅん飛んでいる宙域に、ボールで迷い込んだ気分でした。
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