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噺家の師弟が私たちに語ってくれる、豊かで心地よい人間論
ついつい芸人の世界ですし、とんでもない型破りな師匠に翻弄される弟子や師匠のメンツをつぶすような無鉄砲な弟子の織りなす笑いの関係というものを想像しがちですが、決してそのようなものだけではありません。落語でいえば〝人情噺の世界〟を思わせるようなもののように思えます。
なにしろ落語家の世界では今時珍しい師弟間の〝美風〟が守られているのです。
「弟子がたとえ一人前になったとしても、売れっ子の看板になったとしても、食事に行ったり、飲みに行ったりした折りにご馳走するのは師匠、と決まっている。弟子が還暦を過ぎようが、正月にはお年玉をやるのが師匠というもの。無償どころか、持ち出しになっているのだ」
という師匠の心構え(?)を浜さんは語っています。
内弟子ともなれば、無償でメシを食べさせ、行儀作法や稽古までつけてあげる。もっとも稽古をつけてくれるのは兄弟子やよその師匠たちが多いという……。
「弟子なのに、なぜかほとんど教えない。教えたがらない」という……。
弟子への稽古とはいえそれは同時に、それは師匠自身のライバルを育てていることにもなります。それゆえなのでしょうか弟子の芸の未熟さを感じた時の師匠の振る舞いはすごいとしかいいようがありません。
「すいませんね、落研みたいな芸を聴かせちゃって」
「心の中に雪が降ってるような人間は芸人になるのは無理なんだ!」
「お前はある意味素人でできあがっちゃってるから」
などと師匠からいわれた弟子はどうしたらいいのか……。(誰がいったのかは本書をお読みになってのお楽しみに)
弟子自身が気づかなくてはならないこととはいえ、いわれた弟子は谷底へ落とされたような気持ちになったことでしょう。
あまり稽古はつけてくれないがダメな時はハッキリいう……。それでも師匠にはついて行く……。いえ、ついつい、ついて行ってしまうような魅力があるのが噺家の師匠たるゆえんでしょうか……。
とはいっても瀧川鯉昇さんの師匠だった春風亭小柳枝さんの生き方はすさまじい。
「女房には愛想をつかされ」実家のものを「勝手に質屋に入れて飲み代」に当てていた師匠。「師弟ともども食べるものがなく雑草を食べ、段ボールにくるまって寝た」だけでなく、金策に困った師匠のとばっちり(?)で、勝手に廃業届を出されたりと鯉昇さんの内弟子生活には驚かされます。破滅型の師匠につくとこういうことにもなるんでしょう。小柳枝さんは落語家を廃業して出家したそうです。
それでも師匠を変えることになった(春風亭柳昇さんに再入門)鯉昇さんの師匠噺には2人の師匠への愛情を感じるものでもありました。
それは師匠への熱い思いと尊敬、師匠の芸だけでなく生き方にも向けられた深い愛情なのです。だからこそ弟子は師匠に似てくるのでしょう、いくら稽古が少なくとも、師匠と同じ空気を吸い、師匠のエッセンスを肌身で吸収しているのですから。
そしてそれが噺家の世界の強みであり、噺家の伝統を継いでいっているものなのでしょう。
この本で取り上げられた9組の噺家師弟が私たちに語っているものはその豊かさとでもいったものだと思います。
ここに記された林家こん平、たい平師弟の章はこん平さんの病を知っているだけになんともいえず心にジンとくるものがあります。また同じ「笑点」仲間の木久扇師の芸論・芸人論も心に滲みてくるものがあります。こくのある噺を聞いた後の心地よい読後感が味わえる1冊だと思います、なによりも人間論として。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
note
https://note.mu/nonakayukihiro
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