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談合は本当に悪なのか。人間ドラマ、サスペンス、恋愛模様まで楽しめる池井戸潤の傑作小説
僕個人の感想ですが、最近のドラマで一番面白いのは『下町ロケット』(小学館)。原作者は、超売れっ子の池井戸潤。その池井戸の代表作のひとつに、吉川英治文学新人賞に輝いた『鉄の骨』があります。
『下町ロケット』に匹敵するスケールと人間ドラマが面白い本作の主題は、ずばり「談合」。
冒頭、中堅ゼネコン・一松組の若い社員で、主人公の富島平太(とみしま・へいた)が憤慨するエピソードがあります。マンションの建設作業中、態度の悪い下請けの若手作業員が、コンクリートの打設が続いている型枠の中へタバコを放り込むのです。
激怒した平太は作業員に詰め寄るや、反省していないどころか自分のことを小馬鹿にしているとわかると、勢い鉄拳制裁。割って入ろうとする作業員の上司には、こう啖呵を切ります。
「いま投げ込んだタバコ、生コンの水分を吸収してその部分だけ強度が落ちるんだよ。そのぐらいわかってるだろ。何年か経ったとき、ちょっとした地震でその部分にひび割れでも出来たら、保証してる強度と違うって話になる。そんとき、あんたの会社で責任持ってくれるのか。一松組がいい加減だって話になるんだぞ。それでも責任とれるっていうんなら、さっさと生コン打てよ」
若いということもあってか、正義感がぎッらぎらの熱い男なのです、平太は。個々人の事情や人生哲学、不合理な状況であれその中で懸命に生きようとする人間ドラマがとても魅力的な池井戸作品には、こうした熱いハートの主人公が多い。
『鉄の骨』があるいはスポ根なら、周りの面々が熱心に正論をぶつ平太に続々と相槌を打ち、いずれは問題の若手作業員との間にも友情が芽生えて――なんて展開も予想に難(かた)くないのですが、そこはあくまでリアルな人間ドラマを描こうとする池井戸作品です。現場の所長である永山が仲裁に入り若手作業員に謝罪はさせるものの、型枠にタバコは入ったまま。それなのに生コンを打つ作業は続けられます。
「ここの壁、どうするんですか。タバコ入ったままなんですよ」
納得できない平太が訊くと、
「この業界ってのはな、清濁併せのむってのが必要なのよ」
これが永山の答え。「正しいことばかりが正しいわけじゃない。かといって、いい加減なことをしてそれでいいってものでもない。わかるか?」
「わからないですよ、そんなの」
平太本人は、別に正義感ぶるわけではない、と思っているみたいですが、傍目には熱血漢で正義感、正論は結構だが融通の利かない一面が見え隠れします。
もっとも、某大手企業による施工不良、データ改竄による「マンション傾斜」問題が連日報道されているここ最近(レビュー執筆時の、十月下旬)、業界で生き残っていくために清濁併せのんでいたら、とんでもない〝事件〟の当事者になってしまうことさえあるのです。とすれば、平太の考えはまったく正しい。
ところが、そんな平太に、唐突に転機が。現場が大好きなのに業務課へ異動、人事に不服はあるものの、これは命令です。しかも異動先で待っていたのが、「談合」。
自分の会社が世間では〝悪〟とされる談合というシステムに組み込まれていると知り、平太はもちろん反論します。先輩社員に「お前は建前の世界から、本音の世界へ来たんだ」と諭されても簡単には納得できません。
しかし、そうした中で徐々に業務課での仕事を覚えてゆき、業界の厳しさや現実を体感していくと、談合の必要性も痛感するように……。やがて「本音の世界」の人間へと変わろうとする平太。すると、恋人で銀行員の萌(もえ)との関係もおかしくなり始めて……。
『鉄の骨』は、なぜ談合はなくならないのか、たとえ悪だとしても談合は必要悪なのではないのか。そうした疑問や建前を超えた現実を読者に突きつけ、それぞれに考えさせる濃厚な社会派作品なのですが、その一方で密かに談合を追う検察の視点、いまにも銀行の上司に寝取られそうな(?)恋人の萌の視点パートなどが、主人公・平太の視点の合間に適宜挿入されるため、サスペンスとしても恋愛小説としても楽しめる一級の娯楽作品に仕上がっています。
ドラマ『下町ロケット』で池井戸作品に興味を持ち、原作の小説も楽しめた人で、次の池井戸作品を探している方も、おそらくは多いはず。何を手に取っていいのか迷っているなら、『鉄の骨』をどうぞ。掛け値なしの傑作です。きっと楽しめるはず。
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。
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