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奇蹟の存在を立証するために、あらゆる可能性を否定しようとする奇蹟のような本格ミステリー
(著:井上真偽)
古今東西、名探偵の相場は決まっています。不可解な事件の謎を暴き立てる「現実主義の謎解き装置」。
ところが、『その可能性はすでに考えた』に登場する青い髪の美形探偵・上苙丞(うえおろ・じょう)は、そうではありません。彼が謎に迫ろうとする動機は、トリックを解明し、犯人の正体に迫るという「非現実」を「現実」に戻すための行為ではないのです。
――奇蹟の証明――
「非現実のように思える現象」は、まさしく「非現実」であったのだ――それを立証するために、十四年前にカルト教団で起こった集団自殺の謎に迫っていくのです。
上苙に事件の解決を持ちかけた人物は、その集団自殺事件において唯一の生き残りを名乗る女性。事件の折、少女だった女性は教団内で親しくしていた少年に命を助けられるのですが、その少年は〝首を斬り落とされた状態〟で少女を抱えて運んでいたと言うのです……。
首なし聖人の伝説。
少女だけが生き残った謎。
少女が体験した出来事は、はたして本当に「奇蹟」だったのか。
その奇蹟の証明に挑戦する上苙の相棒は、中国黒社会(ブラック・チャイナ)出身の〝金融業者〟で、扇情的な美女のフーリン。
キャラ立てとしてはライトノベル風で、文章もラノベに多い饒舌な文体――なのですが、そこはさすが変わり種(?)の多いメフィスト賞出身作家の作品だけあって、ただ饒舌なだけではありません。著者の井上真偽(まぎ)さんの博識ぶりが濃密に反映されていて面白い。
プロットを簡単に説明すると、上苙たちの前に刺客(十四年前の出来事は奇蹟ではないとする者たち)が現れ、知恵比べをしていくという構成になっています。この探偵と刺客たちとの対決は圧倒的に相手側が有利。というのも、上苙は奇蹟の存在を証明するために、トリックが成立しうる「あらゆる可能性を否定しなければならない」からです。つまり相手側は、たとえそれがどんなに荒唐無稽なトリックであれ、その現象が成立するであろう「可能性」さえ示せばいい。
上苙は次々と提示される「可能性」を否定できるのか?
そこがこの作品の魅力であり、面白さ。もっとも、僕が本書を読んで最も魅了された部分は、実を言うとそこではなくて、――創作技術的な観点から見た――メインの視点人物であるフーリンの存在です。
裏社会出身で、若い割に人生経験が豊富なフーリンをメインの語り手に据えた決断は大正解。普段まったく使わないような小難しい単語、ややくどい言い回しも、日本語に混じって頻繁に出てくる中国語の効果もあってかフーリンなら使いそうな気がして違和感がない。そして、そのフーリンの地の文での語りを通じて物語の〝雰囲気〟が作られていく。これは偶然ではなく、巧妙に計算されたものでしょう。
その証拠に、物語の序盤、依頼人の女性が視点人物の描写では、小難しい単語や饒舌な言い回しはほとんど出てきません。他方、探偵に挑んでくる刺客たちは一癖も二癖もあり、水準以上の知的レベルに達しているためフーリンのときと同じく、その人物たちの視点パートになったときに、聞き慣れない単語やら蘊蓄が出てきてもすんなり読めるようになっています。
論理展開が面白いミステリパートだけでなく、こうした人物設定の工夫、多方面に及ぶ膨大な知識量によってリーダビリティーを補完しているディテール、明らかにそれらを計算ずくでやったに違いない構成の妙などに、おもわず唸らされます。
でも、それぐらいハイレベルな作品なのだとは事前に予想もできていました。
本当です。
なぜならば。
著者のデビュー作『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』を読んで、著者の井上真偽さんのインテリジェンスを大いに楽しみ、翻弄され、レビューまで書いてしまった僕としては、むろんのこと「その可能性はすでに考えていた」のだから。
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。
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